第5話 この星の名前は?

 竜は右手で落ちていた片手剣を拾い、左手に気絶した男をズルズルと引きずりながらリリィのそばまで移動する。

 リリィは自分を救ってくれた竜に対し、どう接すればいいか分からなかった。これが魔族なら、いつものように接すれば良いだけたのだが、相手は魔族と敵対しているはずの人間である。


(あ、お礼を言わなければ)


 リリィはもう目の前まで来ていた竜へと向き直り


「あ、その、・・・。ありがとうございます」


 人間の言葉でお礼をする。


 一方、竜は男から手を離し、


「別にタダで助けたわけじゃないし。後でお礼は要求するよ?」


「え?」


「それよりも、これ、どうする? 仇、とりたい?」


 と、竜はリリィの疑問の声を無視して、男を指差しながら聞く。


 リリィは質問の意味が判らず、え?え?と、戸惑っている。


「だから、トカゲ男・・・あれがコクロウかな? を殺したのがこの人達なんだから、やり返したくはないの?って聞いたんだけど?」


 と、竜は途中で拾った片手剣を差し出しながら言う。


 ようやく質問を理解したリリィは首を横に降る。


「戦闘は終わった。恨んでいない・・・と言えば嘘になるが、恨みで殺せば恨まれる、と、お父様から教わった。それが争いの種になるということも・・・」


(もっともらしいことを。妾は、殺しをためらっているだけではないか)


「そ。良いお父さんだね」


 顔を伏せたリリィに竜はそう返し、


 持っている剣を振るい、足下の男の首をはねる。


 リリィはそれを見て驚愕のあまりしばし固まり、


「・・・何を?」


 何とかそれだけを問う。


「何って、見ての通りだけど?」


 竜は剣を振り、付いた血を飛ばしながら涼しい顔で言う。


「何故殺した。妾は殺さなくていいと答えたはずだ」


「いや、そんなこと言ってないし。そのほうが安全だからね。リスクはできるだけ減らすべきでしょ? 彼らだって殺される覚悟くらいは持ってたからこんなことしてたんだろうし」


 そう言って竜はごそごそと男を動かしながら、剣の鞘をベルトごと取り、自分の腰に巻く。ジャージ上下にベルトという変な格好になったが竜は大して気にせず、鞘へ剣をしまう。


「よしっと、とりあえずここで待ってて。20分位で戻ってくるから」


 そんな竜のことをリリィは青い顔で見ていた。





 竜は20分かからずに戻ってきた、その手には神月流と書かれた文字がほとんど見えないほど血塗れになったバックを持っている。


「これ、気に入ってたのになぁ…。・・・ヘビもいないし」


 竜は残念そうにつぶやき、


「さてと、じゃあさっそく、報酬を要求させてもらおうかな♪」


 表情を切り替え、無駄に明るく言う。なぜならーーーーー


「・・・今、妾はほとんど何も持っておらんぞ」


 コクロウのそばにいたリリィの顔も、声音も明らかに泣いた後のそれだったからだ。


 竜はしゃがんでリリィと目を合わせながら、安心させるようにゆっくりと言う。


「大丈夫だよ。ちょっと僕の常識の確認と、ここら辺の情報の2つが欲しいだけだから」


 これが彼女を助けた理由だ。恩を売り、報酬を要求する形で情報を貰うため。この形なら自分の情報を話すのは最小限ですむ。

 もっとも、飛び込んだ後にどちらを助けるのが得かを考えたものであり、どちらかというと、彼女を助けるための屁理屈の様なものだった、ということに本人も気づいていない。


 だが、この言い方は少しまずかった。竜もそう思ったのか冷や汗を流し始める。


(これ、はたから見たら、弱ってる女の子に物をたかる不良とかヤクザのような、とにかく最低な行動のような気が・・・)


 竜は少々笑顔をひきつらせながら、リリィの様子を伺う。


「・・・? それだけでよいのか?」


 リリィは人間達が自分の正体を知っていたことから、魔族や魔王に関する無理難題を要求されると思っていた。なのに要求されたのは魔王どころか魔族ともほとんど関係ない「常識の確認がしたい」などというもので拍子抜けしていた。


「そそ。それだけ。でも、その前にコクロウさんは埋葬してあげよ?」


 竜はとりあえず大丈夫そうで安堵し、すぐまた爆弾発言をする。もちろん竜は善意で言ったつもりだ。

 リリィはまた目に涙を浮かべ、鞭を取り出す。


(あれ?む、鞭?怒らせた?)


 竜はそう思って数歩後ずさる。


 そんな竜を無視してリリィは鞭を顔の前で横にしてもつ。余っている部分はそのまま垂らし、先端が地面に付いている。その状態のままリリィは目を閉じ、


「シャドウホール」


 と呟く。するとリリィの影が揺らぎ、動き出した。

 リリィの影はそのままコクロウの下まで伸びていき、コクロウがリリィの影へと沈み始める。


 竜は一人で、おお~さすが夢。・・・夢だよね?そーだよね?などとぶつぶつ言っている。


 10秒とかからずにコクロウはリリィの影へと消えた。


 リリィは何かをこらえるように数秒ほど目を閉じていたが、


「して、妾に何を聞きたい?」


 目を開け竜へと問いかける。


「あ、えっと、じゃあ質問していい?」


 竜はリリィとの距離を少し離して尋ねる。


 リリィは姿勢を正してから、こくり、と首を縦に振る。


 竜も姿勢を正して、真剣な表情で問う。


「この星の名前は?」


「バカにしておるのか?」


 即座に返事が睨みと共に返ってきた。竜は一瞬、『バカニシテオルノカ』と言う名前だと本気で思ってしまったが、彼女の態度から違うと判断できた。もし、真顔で言っていたら信じたかもしれない。


「そんなことないから、常識の常識から確認したいの。教えてくれる人なんていないしね」


「・・・本などで調べれば良いではないか」


「こんな質問をする人間が文字を読めるとでも?」


「・・・・・・教えようか?」


「お願いします」


 竜としてはこの質問は絶対に聞いておかなければならない質問だ。何としても答えてもらおうと食い下がる。文字を教えてくれる事に対しては内心で、嬉しい誤算だ、とガッツポーズを取っていた。


 竜の質問を聞いたリリィは鞭を構え攻撃体制をとっていたが、その後の会話で怪しい人を見る目からかわいそうな人を見る目に変わっていった。内心で、文字も教えてもらえなかったのか、と同情していた。


「う、うむ。......ためらい無しか。星の名前だったな?この星の名はアルスガルツと言う。ぬしの知識と相違無いか?」


「うん」


 竜は頷く。もちろん嘘だ。竜のいた星は地球であり、アルスガルツではない。


「それじゃあ次の質問。の前にずっとここにいるのもあれだし、移動しながらで・・・」


 先ほど戦闘を行ったばかりの場所にすでに30分近くもいる。いつ増援が来てもおかしくないとようやく気づいた竜は周りを見渡して、


「・・・どこに行けば?」


 リリィへと尋ねる。


「・・・ここがどこかは妾もわからない」


 リリィは首を横に降りながら答えた。


 竜は何気の命の危機にどうするべきか考え、


「えっと、コクロウさんとどっちを目指して歩いてた?」


 結局リリィへと尋ねる。


 リリィは指をさす。その先には目印になるものの無い平原が広がっている。


「とりあえずそっちに行こっか。あとは勘でやるしかないね。・・・町があるといいなぁ」


 竜はリリィへと笑いかけながら言う。その後ぼそりと黄昏た表情で呟いていたが、とりあえず行く方向は決まったので二人でその方向へ歩き始める。歩きながら、竜は質問を続ける。


「さっきの影が動いていたのは魔法? どんな効果?」


「闇の属性の魔法だ。自分の影をゲートとし、己の魔力を元に造り出した異空間に繋げる魔法、己の魔力によって容量が変化する。くう属性の魔法にも似たようなものがある。というより、そちらの方が性能が良いな」


「空属性?風とか?」


「ぬしはどんなところに住んでおったのだ・・・。」


「田舎」


「だろうな。・・・その様子だと魔法は全然わからんのだろう?」


 竜はもちろん知らないので頷く。


 ちなみに、竜の家は和式で、場所は田舎は田舎だが、少し歩けば都会、といった中途半端なところだった。


「魔法には基礎と上位それぞれ五属性存在している。


 温度の上下を司る「熱」

 水などの液体を司る「水」

 雷等の電気を司る「雷」

 地や植物等の大地を司る「地」

 気体や風の流れを司る「風」

 の基礎五属性


 陽を司る「光」 陰を司る「闇」

 時間を司る「時」 空間を司る「空」

 精神を司る「幻」

 の上位五属性だ。


 魔法の属性に優劣はないが、基礎五属性は基本的に上位属性には勝てない。それに属性には優劣はないが、魔法には優劣が存在している。例えば熱属性の炎魔法は地属性の土魔法に弱いが、同じ地属性の魔法でも、植物系統の魔法に強い、などだ」


(僕のイメージしてた属性といろいろ違う)


 説明を終えたリリィは小さくどや顔をしている。


 竜はそれに気づかなかったが


「なるほど。凄く分かりやすかった」


 と、リリィを誉める。


 誉められたリリィは、照れて顔を赤くし、とても嬉しそうにしている。


「僕も魔法使えるかな?」


 竜は好奇心を抑えきれずに質問をする。


 リリィは竜に話しかけられ少しあたふたとしたが、喉を鳴らして質問に答える。


「あ、えっと・・・んんっ!基礎五属性の魔法は発動させるだけなら誰でも扱うことができる。戦闘で使えるかは別だが。上位属性は才能が無ければ無理と言われている」


「え? 誰でも?」


「うむ。基礎五属性なら誰でも、だ」


「マジで? ファイアーボール……火の玉とか撃てるの?」


「戦闘で使いたいならある程度の才能と努力が必要ではあるが、そのくらいならほとんどの者が扱うことができるな」


 竜は目を輝かせ、しばらく妄想から帰ってこなかった。



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