第4話 神月流の奇術師

(死んだかと思った・・・)


 竜は片手剣の男と竜を見ている少女の間で息を整えながら周りを確認する。


 左には紫色の髪をした綺麗な少女。その背後にはトカゲ男? が血塗れで倒れている。

 右には少し離れたところで構えをとっている片手剣の男。

 男の左右にはそれぞれローブの男と鎧がいる。


 今度は後ろを見る。

 背後にはかなり小さく魔族の死体があった場所が見えるが、この場を見つけたときのように細かくはわからない。


(あれ? あのときはここがはっきり見えたのに)


 小さく首を傾げながら竜は現状を考える。


(さて、飛び出してきちゃったけど、僕の今の状況は・・・ここがどこかわからない。とりあえず家の近くではない。つまり今必要なのは情報。どうすれば効率よく聞き出せるか。・・・あれ? 言葉は?)


 竜は致命的な事に気付き、どうするべきか考え、


「え~っと、あまり気分の悪くなるようなもの、見せないでもらえますか?」


 と、片手剣の男に通じるか判らないため、自信なく、ただし正直に思っていたことを尋ねる。竜はこの台詞が、あなたと敵対します。と言う意味に取れると気づいていない。


「おまえ、正気か? そいつは魔族だぞ?」


 男はあり得ない者を見た。といった表情で竜を見る。

 対して竜は、


(良かった、言葉は通じる。・・・ん?)

「魔族?」


 一瞬喜んだ後、男と同じようにあり得ない事を聞いた。といった表情で見返す。


「そうだ、魔族だ。人間の敵だ」

「はぁ」


 竜は後ろを見る。そこには竜を見て、目尻に涙を浮かべ、ぽかん、という擬音が似合う感じで口を開いている少女の姿が。少し鋭い八重歯が生えていて、暗い紫色の髪から覗いている耳は先端が少し尖っている。が、竜からすればそれだけ。


「いや、普通の女の子じゃん」


 と、竜はつぶやき、また男達の方を向く。

 リリィは竜の声が聞こえ、『え?』と、小さく声をあげるがその声は男の声に掻き消される。


「そいつを殺すのなら俺達がやっとくから、どっか行け、坊主。邪魔だ」


「いえ、聞きたいこととかありますし。それに、言いましたよね? あまり気分の悪くなるようなもの、見せないでもらえますか? って」


 竜は一瞬トカゲ男? を見て言い、三人組の方へと歩きだす。


「そうかい。じゃあお前は俺達の敵ってことでいいんだな?」


 そう言って、三人組がそれぞれ構える。


「まあ。そういうことになりますね」


「邪魔をするなら殺す。後悔するなよ?」


「そちらこそ」


 三人組の目付きが変わり、竜を囲むように陣形を取る。

 対して竜は片手剣の男にゆっくり歩み寄るだけ。


「シッ!!」


 剣の間合いに入った竜に上から下へ片手剣が降り下ろされる。かなりの速度だが、


(こんなもんか。ヘビの方が速い)


 竜は、一瞬で懐に踏み込み、相手の手首に左手を添える。速度は殺さない。同時に右足で相手の両足を払う。相手はバランスを崩し前へ倒れかける。

 そこに、相手の体を右腕ですくい上げるように持ち上げ、同時に左手で手首を体とは逆に、全体が回転するように押し込み、剣の降り下ろしを加速させる。


 結果、男は地面に剣を刺し、その剣を支点に半回転して背中から叩きつけられる。


「ガハッ!?」

「神月流・流水るすい


 竜にとって自分で作った技名を言うのは恥ずかしいが、他人が作った技名を言うのは恥ずかしくないらしい。


 『流水』は相手の力を使い、相手をその場で回転するように投げる柔術。その場でしりもちを突くだけの安全な技。

 だが、邪魔な物を持っていると手首を痛め、背中を強打する技に変わる。威力は、相手の力と重さで変わる。弱く、軽い人は捻るだけだが、重く、強い人は骨折までいくこともある。


 男はとっさに剣を離したようで、剣よりやや遠くに背中から落ち、手首を痛める程度のダメージしかない。


 追撃のために竜はすぐに片手剣の男に向かって駆けようとして、左前方から竜を左右から挟むように弧を描いて飛んでくる火の玉に気づく。放ったのはローブの男。それを確認した瞬間に今度は正面を炎の槍が高速で飛びこんでくる。


 竜は炎の魔法に驚きながらも、火の玉と火の槍の間に隙間を見つけてギリギリで回避した。背後で大きな爆発が起こる。

 ローブの男に近づくため全力で移動しようとして―――


また、あの風が吹いた。


「っとぉ?」


 気づけばローブの男の背後に立っていた。


 さっきまで竜のいた場所は黒煙で何も見えない。その上、疑問の声も爆発音が掻き消してくれていた。

 爆風を利用した接近方法を少し危険だが思いついていた竜だが、嬉しい誤算だと言わんばかりに小さく笑い、音をできるだけたてないようにローブの男の背後に近づく。ローブの男は気づいていないようで、


「戦闘で多数に囲まれた時点で君の敗けだよ」


 と言ってカッコつけている。


「そんなことないよ」


 竜はそんなローブ男の背後から声をかける。とっさに振り返り、その動きを加速させるように掌で横顔を全力で押し込む。このとき、体は動かさないように肩を押さえつけておく。結果、ゴキン!!という音と共にローブ男は正面に倒れる。彼の顔は驚愕の表情で180度反対の空を見上げて事切れていた。


 人殺しをした竜の表情に変化はない。


 そんな竜の左側から鎧の男が身の丈程の両手剣を降り下ろしてくる。鎧を着ているのにここまでの移動にほとんど音をたてていない。


 竜はその鎧を見て、右手を握りこみ、右腕をまっすぐ真横に伸ばして、


神月流・死刃の顎しじんのあぎと


 両手剣の下ギリギリを潜りながら右から左へ刃の腹を殴り、すぐさま回転、同時に体を起こしながら左から右へ裏拳を叩き込む。両手剣は右に左に軌道がぶれ刃を斜めにして地面へと向かう。


 竜の正面にはそのまま降り下ろされている剣、


「改!!」


 刃が地につく前に右腕を右膝に乗せ、全体重を掛けて踏みつける。


 キン!と、澄んだ音が響き両手剣が半ばから折れる。


 竜の扱う神月流は相手の力を利用した武術。力は全くないが動体視力がかなりよく、相手の攻撃を発動前にある程度予測することができ、さまざまな技を魅せていた竜は道場内で『奇術師』などと呼ばれていた。


 その神月流には、防御や受け流しなどの安全な、見世物に近い『表』の技と、攻撃的かつリスクの高い、実戦を想定した『裏』の技がある。

 当然裏の技を知っている者は少ない。道場主と、主将、そして副将だった竜の3人だけだ。


『死刃の顎』は裏の技。相手の武器を破壊する拳技。本来は最初の2連で武器破壊する技なのだが、竜は力が足りないために、破壊するにはプラスの一撃が必要だった。


 刃を折られた鎧の男はその光景に一瞬固まる。その一瞬を狙って竜は右手で鎧の隙間、喉元を狙って左から右への手刀を放つが。


(手応えがない!)


 ぶつかって止まるはずの手が、そのまま振りきられる。竜は避けられたと判断し、振りきった勢いを利用した右足での踵後ろ回し蹴りを放つ。


 ガシャン!と今度はしっかりとした手応え、(足応え?)が伝わる。


 竜は反撃を警戒しながら鎧の男へと向き直り、


「は?」


 唖然とした。


 蹴り飛ばしたのであろう鎧の胴体は少し離れたところで倒れている。


 そう胴体は・・・、だ。


 さっきまで鎧の男が立っていた場所からほんの少しだけ胴体よりにヘルメットを着けたままの生首が落ちている。切断面はまるで鋭利な刃物でスパッ!!っと切られたかのように綺麗にカットされている。


「「そんなバカな・・・」」


 竜と片手剣の男のセリフが重なるが意味合いは大分違う。


 竜は自分の手刀でこんなことが起こるわけがないと。


 片手剣の男は黒煙が晴れるまでの短い間に、信頼していた仲間が二人とも殺されている事に対してあり得ないと。


 竜は、確認しようと、片手剣の男に歩み寄る。


「やめ、く、来るな!」


 対して片手剣の男は怯えて剣を降り回している。


 その剣を軽くかわしながら、同じように喉元へ手刀を放つ。


「ガヒュ!!」


 が、しっかりとした手応えが伝わり男はうずくまる。首も繋がっている。


 竜は首を傾げながら自分の手を見て、思い出したかのように男の顔面へサッカーボールキックを全力で放つ。


「ゴッ!!」


 男は吹き飛び気絶した。

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