第2話 魔の姫

 彼女、リリィ・クラウンは、状況を理解できないでいた。

 現在の状況だけでなく、この場になぜいるのかも。


 今日も彼女は、部屋から出してもらえず、本を読んで過ごすと思っていた。


「外は安全ではございません。貴女様は、魔王の娘なのですから。もしもがあったら」と。


 何度外に出てみたいと頼んでも同じように断られてきた。


 だが、この日は違った。


 コンコンと部屋のドアがノックされ、


「リリィ様、ガウディ様がお呼びです」


「わかった。すぐく」


 することの無かったリリィはすぐに準備をする。といっても壁に掛けてある己の武器にして、魔法の発動媒体である鞭を取るだけだったが。


 これもまた、部屋から出るときは必ず持っていけと何度も繰り返し言われたことだ。


 彼女は部屋にある姿見で自分の姿を確認する。


 159cmの身長に腰辺りまである暗い紫色の髪。顔は小さく、瞳の色は明るい紫色。耳は先端が尖っている。

 衣装は、膝辺りまである背中がむき出しな漆黒のドレス。肩甲骨の下辺りに黒い小さな羽がある。

 靴は膝下まであるブーツ。

 ドレスとブーツの間には外に出ていないがゆえの病的なまでに白い素肌が覗いている。


 服装に乱れがないかを確認したリリィは上機嫌で廊下を歩く。

 ガウディは魔王の配下の中でも古参の魔族だが、彼女にとっては、外の、特に人間や魔物との戦闘について話してくれる気の良いおじさんだ。


 だから彼女は気づかなかった。


 いや、気づいてはいたが、違う意味でとっていた。


 部屋をノックしたガウディの部下が笑っていたことを、自分が上機嫌だから笑っていた、と。




「え?」


 ここから、彼女は解らなくなった。

 彼女はガウディの部屋の扉を開けたはずなのに、気づけば、平原に立っていた。


 後ろを見ても少ししたところに森があるだけ。

 前方からは大きな音がこちらに向かってきている。

 わけが解らず呆然としていた。


「なぜ姫様が!?」


 魔王の配下の者達も、突然現れたリリィを見て混乱していた。


 彼らは、諜報部隊という情報収集などを行う者達の一員であり、リーダーはヒスラ族のコクロウと言う魔族。


 諜報部隊は、戦闘力は高くないが、隠れての行動や、暗殺などを得意としている。

 諜報能力の高く、魔王を慕っている者であれば種族は関係ない。


 魔族、獣人、少ないがエルフまでこの部隊にはいる。

 魔王城内部での不審な行動も、彼らが監視・報告をしている。


 リーダーのコクロウはここにはおらず現在は、魔族が敗北した場合の逃げ場の候補となっている異世界の調査に出ている。極秘の情報のため本人と魔王以外は「人間の国への潜入調査に出ている」と偽情報を聞かされている。


 現在この隊はリーダーと同じヒスラ族で見た目が二足歩行のトカゲ男がリーダー代理を務めている。


 そんな彼らがここにいるのは、人間が少数で魔王城に向けて進んでいるという情報を得て、その目的・戦力などを調べるためである。


 そう、前方から聞こえてくる音は、馬に乗っている人間達がこちらに向かってくる音である。

 当然、目の前に現れたリリィはすでに人間達に見つかっている。


 彼ら人間は魔族と敵対している。つまり、


「現れた、インプだ!」


 と、人間達が武器を手にリリィへと向かっていく。

 リリィはまだ呆然として立っているだけ。


 戦闘を行う予定の無かった諜報部隊は、動きやすい最低限の装備しかしていない。それでも、魔王の娘であるリリィを助けるため、何の指示もなく全員がリリィ救出のために動き出す。


「姫様、こちらへ!」

「な、なに?」


 リーダー代理はリリィを連れ森へ逃走、他の者は足止めのため、ある者は人間達と戦闘を開始し、ある者は簡単な罠を作りながら逃走する。


 人間達が見えなくなってすぐ、罠を作っていた者達は意識すればすぐに見つけられるような罠を意図的に、通った場所と違う場所へいくつか設置する。


 足止めを行っていた者達もリーダーと合流するため散開し、撤退する。



 足止めを行っていた者達も合流した頃、木の密度も下がり、遠目に外の平原が見えた。


 逃げ切れる!


 諜報部隊の者達がそう安堵し、





「どこ行こうってんだ?」






 すぐ前の茂みから三人組が出てきた。


 真ん中の男は片手剣に盾を、その右側には全身鎧でおおわれている者、反対側の男は杖を持ちローブを着ている。


 彼らに気づけなかった。


 リーダー代理の決断は早く、背後の部下に手で合図をだし、


「何者だ?」

「俺た―――」


 三人組に人間の言葉で問い、彼らが口を開いた瞬間に全員が散る。


 答えようとした真ん中の男は口を開けたまま固まり、左右の男は、真ん中の男の肩にそれぞれ手を置き、笑いを堪えるように震えていた。


「殺す!」


「……ぷっ。あはははは。まぁまぁ、もう逃げられないんだし、安全に確実に行こう」


「おまえ、今奴らじゃなく俺を笑ったよな!?」


 真ん中の男は笑いを堪えられなかったローブの男を怒鳴る。


「もう奴らの拠点はないからな」


 と、鎧の男は一人、魔族を笑っていた。









「遅かったな」


 魔族の者達は目を疑った。


 目の前には30才後半くらいの男、その周りには一回り若い男達10数名。いずれも同じような鎧を着ており、目の前の男だけ上質な鎧を着ている。


 彼らの背後には山のように重ねられた魔族。拠点に居た、彼らの仲間50。どれも死んでいる。


(あり得ない。たったこれだけの時間、人数に殲滅されただと?)


 人間の死体も転がっているがたった数人程度。魔族の方の被害とは比べ物にならない。


 確かに目の前の男は強い、がその程度。偵察に出ていたメンバーのリーダー代理以外の5人全員でかかれば恐らく勝てる。リーダー代理を入れれば三人で十分。戦闘を苦手としているメンバーで、だ。


 この拠点には当然、戦闘を得意としている者も居た。


 偵察にかけた時間はおよそ一刻程しか経過していない。


 こんなことは最初から拠点の場所、戦力が解っていても不可能だ。


 まるで、拠点にしたに最初から罠があったかのような・・・・


(・・・まさか)


「さぁ、皆殺しだ。もちろん、その魔王の娘・・・・もな」


 外に出たことの無かったリリィの情報まで持っている。つまり、


(裏切り者がいる)


 この情報とリリィは必ずもって帰らなければならない。しかし、戦力差は絶望的。わずか3分でリーダー代理とリリィ以外は殺された。いや、この戦力差で3分も持たせることができた。が、リーダー代理も既に満身創痍。片腕を無くし、立っているのがやっとの状態だ。


 彼は、リリィを逃がす方法が見つけられない。が、時間を稼ぐことも難しい。彼は、


、すまない」


 少しでもリリィが逃げられる確立を上げるため、相手の足をねらい特攻する。


「じゃあな、姫さんもすぐに送ってやる」


 相手のリーダーは冷静に彼の攻撃を防ぎ、


「だめ、やめて」


 そのまま彼の心臓を、


「・・・いや」


 貫いた。


「イヤァァァァァ!!」


 彼女の悲鳴が合図だったかのように、目の前が光だす。


「ぐっ!」


 光が収まり、そこには、竜と戦っていたトカゲ男?が、


「ここは?・・・ぐっ!腕が折れているな」


 トカゲ男? は周りを見回し、険しい表情をうかべ、消える。


「ガァァァァッ!?」


「ぐあっ!?ああああ!!」


 次々と人間の体の一部が消え、血を吹き出し倒れる。


「ちぃ!」


 男が舌打ちをし構え、


「何があった?」


 気がつけば、リーダー代理の前にトカゲ男?が現れている。


 そして、人間は半数近くが倒されている。


「コクロウ様、申し訳、ありません。魔族に、裏切り、者が、いる、ようです。姫様を、お願いします」


 代理は状況の説明ではなく、大切な情報を伝え、倒れる。

 トカゲ男?改め、コクロウはしばし目を閉じ、


「姫様、しばしお待ちください。ただいまより対象の殲滅を開始いたします」


 コクロウは事務的にリリィへと言う。その顔は完全な無表情。


「・・・頼むっ」


 リリィは、ポロポロと目を背け泣いていた。


 知り合いが、仲間が、友達が、殺されていくのを見ていられなかった。彼女は、高魔力で高威力の魔法を使える秀才だ。しかし、彼女は初めて見た戦闘に怯え、恐怖に震えることしか出来なかった。そんな自分が情けなく、悔しかった。


(妾のせいで彼らは逃げることが出来なかった。何が天才だ。ただ、高い魔力、強い魔法を持っているだけではないか。今の妾は邪魔者。妾のせいで彼らが死んでいる。妾は・・・城から出るべきでは・・・違う、出てはならない。これからも・・・ずっと)


 彼女はこの戦闘が終わるまで自分を攻め続けていた。


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