第21話 消えた花嫁 その3
結局、チビによる空の捜索も空振りで終わった。並行して行っていた地上の捜索も、成果ゼロ。疲れ果てたレイアとクロウは、木陰で昼食をとることにした。
勿論、食事内容は蛋白質豊富なスライムだ。レイアはスライムを咀嚼しながら、
「全く、まさかこんなに見つからないとは思わなかったのじゃ!」
「……」
「クロウ! 黙り込んでどうしたのじゃ」
「すいません。もしメヨさんが見つからなかったらと思ってしまって」
死別した家族のことでも考えているのだろうか、クロウは暗い表情をしている。レイアは彼のこんな顔を見たくなかった。
ーー話題を変えるのじゃ。
「そういえばさっきオスが言っていた、『こいびと』? という言葉の意味はなんじゃ?」
「えっ、知らないんですか?」
「ハルモニア島では聞いたことのない言葉じゃ。名産品か? 美味いのか?」
「違いますよ。『恋人』は一般的に男女の、好き合っている間柄を言います」
レイアは首を傾げる。
「それになんの意味があるのじゃ?」
「えーと、一緒にいたら楽しい、からですかね?」
「別に楽しいことは他にもあるではないか。例えば、わらわは強い敵に出会った時は楽しいぞ」
「そういうのじゃなくてですね、こう、胸がドキドキしたり」
「敵と戦うと胸がドキドキするぞ」
「……すいません。俺は恋人いたことないので上手く説明できません」
クロウは肩をがっくり落としてしまった。
ーーよくわからないけどますます落ち込んでしまったのじゃ!
「で、では『こんにゃくしゃ』とはなんじゃ?」
「正しくは『婚約者』です。婚約者は恋人の1段階上の関係性で、『結婚』の約束をしている間柄です」
「『血痕』?」
「違います、『結婚』です。もしかして、『結婚』の意味も知らないんですか?」
レイアは頷く。
「『結婚』とは主に男女が『夫婦』になることです。あ、『夫婦』の意味もわからないですよね。『夫婦』とは一緒に住んでお互い助け合ったり、子供を作って一緒に育てたりする関係性のことです。分かりました?」
「なぜ、オスと一緒にいなくてはいけないのじゃ?」
「え」
「わらわ1人でも生きていけるのじゃ。弱きオスと一緒にいる利点がわからないのじゃ」
「え、えーと、それは……」
クロウは黙り込んでしまった。
ーーしまった、またやってしまったのじゃ!
話題を変えようとするが、何も思い付かない。気まずい空気に耐えられず、レイアは地面に寝転んだ。
「……ん?」
「どうしました?」
「地面の下から音がするのじゃ」
「えっ、本当ですか?」
クロウは右耳を地面に付ける。
「俺には何も聞こえないですけど」
「わらわには聞こえるのじゃ。微かだが、何かが蠢いている音がするのじゃ」
「もしかして、メヨさんは地面の下にいるモンスターに攫われたのでは?」
「なるほど、それなら遊歩道が綺麗だった理由が説明できるのじゃ!」
「はい! メヨさんを助けに行きましょう! ……あっ、でもどうやって地面の下に行けばいいんでしょうか? やっぱりスコップで掘っていかないとですかね」
「そんなまどろっこしいことしてては間に合わないのじゃ! わらわに任せるのじゃ」
「あっ、嫌な予感が……」
クロウの予感は当たっていた。レイアは拳に力を入れると、思いっきり地面にパンチした。
地鳴りと共に大きな穴が地面に空いた。下に空間があるらしく、2人は穴の下に落ちていく。穴はなかなか深いようで、このまま落下すればクロウは転落死してしまうだろう。
レイアはクロウを空中でキャッチすると、そのまま綺麗に着地した。
「……ありがとうございます。でも事前に一言あれば助かるんですが」
「次からは気を付けるのじゃ」
砂埃が落ち着くと、上から差し込む日の光で穴の全容が見えてきた。端から端まで走ったらお茶が冷めてしまうほど、広い空間だ。
しかし異様なことに、白い糸のようなものが張り巡らされている。
レイアは糸に触れてみる。
「これは……蜘蛛の糸か」
その時である。
「ピーーッ!!」
耳をつんざく高音と共に、巨大な蜘蛛が現れた。
「グランドスパイダーじゃな」
「グランドスパイダー?」
「うむ、その名の通り地面に棲む蜘蛛型のモンスターじゃ。わらわはあの大きい蜘蛛を殺すのじゃ。お前は子蜘蛛をなんとかするのじゃ」
「子蜘蛛って、ひゃあ!」
足元には何百いや、何千という小さな蜘蛛が蠢いていた。手のひらくらいの大きさだが、その小ささに似合わないくらい牙は鋭利でーー。
「痛たた! こいつら噛んできますよ」
「それくらい我慢せぬか!」
クロウはロングソードを抜くと、子蜘蛛を斬っていく。彼が大丈夫そうなことを確認すると、レイアは巨大蜘蛛に向き合った。
「わらわの手を煩わせおって、許さぬぞ」
ビュッ!
巨大蜘蛛の口から大量の白い糸が発射され、レイアの全身に巻き付いた。糸はすぐに硬化し、レイアは簀巻き状態で拘束されてしまう。
「なっ、小癪な!」
「レイアさん! 大丈夫ですか?」
背後からクロウの心配そうな声がする。レイアは振り返ると、
「大丈夫じゃ。頭を使えは簡単じゃ」
「頭って、レイアさんが1番苦手そうなことじゃないですか」
「なんじゃと! わらわを馬鹿にするな!」
「わっ、レイアさん前見て下さい! 蜘蛛が襲ってきましたよ!」
レイアは前を向くと、すぐ目の前に蜘蛛がいた。彼女は頭を、蜘蛛の顔に思いっきり叩きつける。
ぐちゃ!
レイアの頭突きにより、大蜘蛛の頭が潰れた。頭を失った大蜘蛛はしばらく足を動かしていたが、そのうち動かなくなった。クロウはぽつりと呟く。
「頭を使うって、そういう意味なんですね……」
◇
「ふんっ!」
レイアが少し力を入れると、糸は弾けて切れた。頭突きした時に付着したのだろう、頭には蜘蛛の紫色の体液がべっとり付いていた。
「むー、生臭いのじゃ。水浴びしたいのじゃ」
「ちょっと我慢して下さい。メヨさんを探すのが先です」
「そうだったのじゃ!」
周囲を捜索すると、人間が1人通れるくらい大きな横穴を発見する。レイアはアイテムボックスから松明を取り出すと、横穴を照らし出す。横穴は奥に続いているらしく、先は漆黒に包まれていた。
2人は頷くと、横穴に足を踏み入れる。レイアが先頭を歩き、クロウはその後を追う。
レイアは思わず鼻を摘む。臭い。まるで生肉が腐ったような匂い。進めば進むほど、鼻をつく匂いが強くなっていく。
クロウも気が付いたのだろう、顔が強張る。レイアは内心諦めていた。これではメヨは生きていないだろう、と。
2人は無言のまま歩みを進める。そして1分ほど歩くと、開けた空間に突き当たった。
大蜘蛛が寝転ぶには十分な広さの空間だ。足元には何かの骨が何十、いや何百と無造作に転がっていた。獣のような小さな骨が多数だが、中には人の頭蓋骨のようなものまで落ちている。
「そんな……!」
クロウは膝から崩れ落ちた。
「仕方ないことじゃ。モンスターに捕まっていると分かった時からこうなることは予想できたのじゃ」
「で、でもメヨさんの骨ではないかもしれないし! 俺、探してみます」
クロウはふらふらと立ち上がると、周囲の捜索をはじめた。レイアは黙って見守る。
ーー無駄なことなのによくやるのじゃ。クロウのそんなところ、嫌いではないが。
「なんだ、これ?」
クロウが空間の奥に何か見つけたようだ。それは白い繭のようなものだった。人間が1人入りそうな大きさでーー。
「まさか!」
クロウはロングソードで繭を引き裂く。すると中から1人の女性が現れた。ブロンドの髪は毛先がカールしていて、肌は雪のように白い。
「メヨさんだ! コームさんが言っていた特徴と合います!」
「本当か? 息はあるか?」
クロウはメヨの胸に耳を当てた。
「大丈夫です! 生きています」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます