第20話 消えた花嫁 その2
翌日の朝は、吐く息が真っ白になるほど寒かった。
クロウは黒い外套を着ているのに対し、レイアは真っ赤なビキニアーマーだけだ。クロウはしきりに寒くないか訊ねたが、レイアは一言『大丈夫じゃ』と言うだけだった。彼女は寒さに強い。
コームの自宅は街の中心から少し西にある住宅街にあった。彼は既に家の前で待っていた。一睡もしていないのだろう、目の下には濃いクマができている。
「おはようございます。今日はメヨのためにわざわざ来ていただき、ありがとうございます」
「うむ。早速だが、こんにゃくしゃの私物は持って来たか?」
「はい、メヨのスカーフです」
コームからスカーフを受け取る。絹で織られた真っ白なスカーフだ。レイアはスカーフの匂いをくんくん嗅ぐ。
「うむ、覚えたのじゃ」
レイアは地面に四つん這いになった。クロウは驚いて、
「ちょ、レイアさん! 何をしているんですか」
「匂いを辿るのじゃ」
「そんな犬じゃないんですから」
「わらわをそこらへんの犬と一緒にするな! わらわの嗅覚は犬の100倍じゃ」
「いや、レイアさんを馬鹿にしているわけじゃないですよ。ただその四つん這いポーズがあまりにも、その、せ、扇情的で……」
クロウは真っ赤になり、顔を伏せてしまった。レイアは首を傾げると、
「戦場的? なにを言ってるのじゃ?」
「もう! レイアさんはもっと恥じらいを知るべきですよ」
「何を言う、わらわに恥じる点など何もないのじゃ!」
するとコームが吹き出した。
「ぷぷ、すいません。仲がいいなって思いまして。もしかしてお二人は恋人同士ですか?」
「え、えええっ?」
クロウは素っ頓狂な声を上げる。
「ちが、違いますよ! 俺たちは、そう! 師弟関係ですね!」
「そうなんですか、俺はてっきり……」
「さ、レイアさん! 行きましょう」
レイアは四つん這いのまま、しかしコームの目をじっと見つめると、
「オスはそこで待っているのじゃ。こんにゃくしゃは見事見つけてみせるぞ」
「お願いします」
コームは頭を大きく下げた。
◇
レイアはまるで犬みたいに地面をくんくん嗅ぎながら先へ進んでいく。住宅街を抜け、人通りの多い目抜通りへーー。四つん這いのレイアは実に奇妙に見えただろう、住民は道を開け、こちらを見ながらヒソヒソ話をしている始末だ。
「恥ずかしいですよ、レイアさん。なんとかならないんですか?」
「仕方ないじゃろ、こうしないと微かな匂いは嗅ぎ分けられぬ」
「うう、俺たちとんでもなくマニアックなプレイをしていると思われている……」
目抜通りを通り過ぎ、街の外へ出た。隣町ギーツーへ行くには、南の森を通らなければいけない。南の森はモンスターもほとんど出ず、住民の往来も激しい場所だ。
しかしーー
「匂いが途切れたのじゃ」
森の中心あたりで、レイアが呟いた。
「えっ……それってどういうことですか?」
「言葉の通りじゃ。今まであった匂いがここで突然なくなったのじゃ。おそらくここでなにかあったのだろう」
「もしかしてモンスターに襲われたんですか?」
「いや、モンスターの気配はないのじゃ。それに血の匂いもしないし……」
レイアは首を傾げる。
高い木に囲まれているため、遊歩道は薄暗い。何か出そうな雰囲気であるがーーレイアの五感がそれはないと断言している。
「ま、ともかく。この場所で何かあったことは確かなのじゃ。ここを中心に何か手がかりがないか捜索するぞ!」
「はい!」
◇
「なーーんにも見つからんのじゃ!」
捜索が始まって早1時間、短気なレイアはすっかり飽きていた。クロウは彼女をたしなめる。
「ダメですよ! ちゃんと探さないと。コームさんと約束したじゃないですか」
「落ちている石の下まで探したのだぞ? 出てくるのがダンゴムシばかりではやる気なくなるのは当然じゃ」
「確かに……こうも何もないと、逆に妙ですね」
クロウが上を向いたので、レイアも上を向く。木々の間から見える空は雲ひとつない青色で。こんな晴れているのに自分は何をやっているのだろう、とレイアは思った。
「あっ!」
クロウが何か閃いたのか、声を上げる。
「なんじゃ?」
「メヨさんが空に連れ去られた可能性はないですか?」
「なるほど、それなら匂いが途切れた理由にも説明がつくのじゃ」
「そうですよ! 前はワイバーンが出たくらいだし、空を飛ぶモンスターがいるのかもしれませんよ」
「ふむ、では空の捜索をするぞ」
レイアは指笛を吹く。すると空からブルードラゴンーーチビが降りて来た。チビの体重に押しつぶされ、木々がメキメキと音を立てて倒れていく。クロウは堪らず、悲鳴を上げた。
「レイアしゃま、何かご用意でしゅか?」
「ここいらに空を飛ぶモンスターがいないか探して欲しいのじゃ」
「お安いご用意でしゅ! では探してきましゅ」
チビはバサバサと翼を羽ばたかせ、空へ飛んでいった。レイアはドヤ顔で、
「これで一件落着じゃ! いや〜、今回のクエストは骨が折れたのう」
「……すいません。多分俺の推理はハズレです」
「えっ、なぜじゃ?」
「見てくださいよ、この惨状を」
レイアは周囲を見回す。木々は倒れ、チビが飛び立つ際に巻き上げられた土や木の枝で遊歩道は滅茶苦茶になっていた。
「人間1人を連れ去れるほどの大きさのモンスターが来たなら、もっと汚れていたはずです。でもさっきまで遊歩道は綺麗でした」
「むむむ、振り出しではないか!」
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