第19話 消えた花嫁 その1

 夕暮れ時、ハリマジ街の目抜通りは人でごったがえしていた。その人混みのなかに、レイアとクロウの姿があった。


 いつものギルドからの帰り道ーー。


 しかしレイアは違和感に気が付いた。クロウは全く気が付いていない様子で、


「今日もたくさんオークを倒せました! 着実に強くなっているみたいで嬉しいです。これも全部レイアさんのおかげですね」


「……」


「レイアさん? どうしたんですか、急に黙り込んで」


「……尾行けられているのじゃ」


「えっ」


 クロウは辺りを見回す。その瞬間、レイアの真っ赤なツインテールがクロウの頬を打つ。


「馬鹿! キョロキョロするな、相手に気付かれるのじゃ」


「すいません、つい。でも一体誰が……。またコティッシュさんですかね?」


「奴は腐ってもプロじゃ。こんなに気配を消すのが下手くそなわけない。おそらく相手は素人、猫耳オスとは別の奴じゃ」


「どうしますか?」


「こうも人が多いと特定が難しい。人気のないところに誘い込むのじゃ」


 レイアとクロウは、横道に入った。そしてどんどん人気のない住宅地に足を踏み入れる。


「ふむ、まだ尾行いてくるのう。ならば二手に別れよう、挟み撃ちにしてやるのじゃ」


「はい!」


 道が二つに分かれていたので、レイアは右側、クロウは左側の道を進む。追跡者はレイアに付いてきた。どうやら彼女に用があるらしい。レイアは振り返ると、


「おい、お前! わらわに付き纏ってなんのつもりじゃ!」


 追跡者は物陰に隠れて姿を見せない。レイアが物陰に近付くと、追跡者は逃げ出した。しかし後から来たクロウにぶつかり尻餅をついた。


「痛たた…」


 追跡者は若い男だった。眼鏡に癖っ毛、痩せっぽっちの体はいかにも弱そうだ。男はレイアと目が合うと、大きく頭を下げる。


「す、すいませんでしたっ! 声をかけようと思っていたんですけど、勇気が出なくて……。あ、俺、コーム・フラワーと言います!」


「用は一体なんじゃ」


「ギルドで聞きました! あなたは1番強い人なんですよね! 僕の婚約者を探して下さい!」


「こんにゃくしゃだかなんだか知らないが、仕事はギルドを通すのじゃ。それからクエストを受けるか判断するのじゃ」


「それじゃ遅いんです! 婚約者……メヨがいなくなってからもう4日です。早くしないとメヨが死んでしまいます」


「しつこい奴じゃのう。ダメなものはダメじゃ。帰るぞ、クロウ!」


 レイアは歩き出した。しかしコームはレイアの右足を掴むと、


「お願いします! お願いします! どうかメヨを探して下さい」


「ええい、その手を離さぬか! 離さないと言うなら無理にでも引き剥がすぞ」


 するとそれまで黙っていたクロウが口を開く。


「レイアさん、話だけでも聞いてあげませんか?」


「なんじゃ、お前まで」


「だって、可哀想じゃないですか」


「クロウ、お前は他人にかまけている時間はないはずじゃぞ。早く強くならないと、いつまで経っても子作りができないではないか」


「でも……」


「ダメなものはダメじゃ」


 レイアはそっぽを向く。


 ーークロウは家族と死別したせいか、他人に同情的すぎるのじゃ。まあ、そういうところ、嫌いではないが。


「……わかりました。流石にレイアさんと言えど、人探しは難しいですよね」


「のじゃ!? わらわがいつ難しいと言ったのじゃ」


「いやいや、無理しなくていいですよ。腕力じゃ、人は見つからないですからね。と、言う訳で諦めて下さい」


「むむむ!! わらわにできないことなどないのじゃ! いいだろう、引き受けてやるのじゃ」


 コームは目をぱちくりさせると、


「あ、ありがとうございますぅ」


 レイアはハッと我にかえる。


 ーーあれ、いつのまにやら引き受けることになっていたのじゃ。クロウめ、わらわの扱いを理解しておるな! 


 しかし、なぜか悪い気はしないレイアであった。


「……で、そこのオス。いなくなったこんにゃくしゃとやらの詳しい情報を教えるのじゃ」


「名前はメヨ・マリイエと言います。身長は俺とあんまり変わらないくらいです。腰まで伸びるブロンドの髪は毛先がカールしていてふわふわで。雪みたいに白い肌にぱっちりとした青い瞳、そりゃあもう近所では有名な美人でしたよ。俺たちは家が隣同士で、小さい頃から一緒、いわゆる幼馴染ってヤツです。ドジでノロマな俺の世話をやいてくれてました。近所の悪ガキにいじめられていたらいつも助けてくれて。あとは……料理が少し苦手で、よくフライパンを焦がしていました。彼女の料理は少し苦かったけど、俺はいつも『おいしいよ』って言ってました。照れ笑いするメヨはとても可愛いくて。それから星が好きで、雲のない夜はいつも天体観測してました。俺がプロポーズしたのも満点の星空の下で、へへっ。彼女、びっくりしてしばらく硬直してました。それで真っ赤になりながらも、頷いてくれたっけなぁ。俺は天にも昇る気持ちでしたよ。あ、好きな色はピンクです。結婚式の時ブーケの花はピンク色で統一するんですよ。あ、これはまだ彼女には秘密でした。あとは……」


「ええーい! 長い! 長い! しかも星空とかピンクとか捜索に必要ない情報ばかりじゃ!」


「す、すいません。つい」


「それよりいなくなった時の状況を教えるのじゃ」


「はい、あれは4日前のことです。メヨはウェディングドレスの試着に、隣町の仕立て屋に向かいました。確か家を出たのはお昼前だったと思います。でも夕方になっても帰ってきませんでした。俺、心配になって仕立て屋に聞きに行ったんですが、メヨは来てないって言われてしまって」


「つまり、隣町の仕立て屋に行く道中に行方不明になったんじゃな。……この件、衛兵には言ったのか?」


「はい。メヨの他にも行方不明者が多数いるらしく、捜索中だそうです」


 レイアは知らないが、この世界では行方不明者は珍しくない。1年で数千、いや数万の人間が消えている。モンスターや盗賊、闇に潜むものが人間を攫っているのだ。攫われた人間の末路はーーとても残酷である。

 コームは涙を流しながら、


「俺が、俺が、メヨを1人で行かせなければこんなことにならなかったのに……」


「コームさん……」


 もらい泣きだろうか、クロウの瞳が潤む。


「レイアさん、絶対メヨさんを見つけましょうね!」


「当然じゃ。わらわを誰だと思っておる」


 コームは涙を拭う。


「あ、ありがとうございますぅ」


「もう暗いから、捜索は明日の早朝からじゃ。あとオス、お前に用意して欲しいものがある」


「はい、俺が用意できるものならなんでも用意します!」


「では、こんにゃくしゃとやらが愛用していた私物をひとつ持ってくるのじゃ」


「はい、それなら用意できますけど。一体何に使うんですか?」


「……それは企業秘密じゃ」


 レイアは意味深に笑った。

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