第18話 アサシンのコティッシュ その3

 コティッシュが足を止めたのは、街から遠く離れた森の中だった。 


 ーーここまでくればもう大丈夫だろう。


 コティッシュは木にもたれかかると、肩で息をする。酷く疲れていたが、安堵もしていた。そして強い決意が芽生えていた。


 ーーこの仕事、断ろう。


 レイアという少女は、自分如きが太刀打ちできる相手ではない。例え経歴に傷が付いたとしても構わない。アレスに見捨てられても仕方ない。

 今までピンチになったことがなかったから知らなかった。まさか自分の命がこんなにも大切なんてーー。


「なんじゃ、もうへばったのか」


 背後から鈴を鳴らすような女の声がした。


 ーーそんな、馬鹿な!


 恐る恐る振り返ると、褐色赤髪ツインテールの少女が仁王立ちしていた。しかも全く息が切れていない。


 化け物。


 そんな3文字がコティッシュの脳内を駆け巡る。レイアは不機嫌そうに言う。


「隠れてわらわのことをジロジロ見おって。一体なんのつもりじゃ。なにが目的じゃ」


「……」


「ダンマリか。それなら身体に聞くまでじゃ」


 拷問でもするつもりだろうか、レイアがゆっくりと近付いてきた。

 コティッシュは焦る。普段なら拷問されても口を割らない自信があったが、圧倒的な力を見せ付けられた今その自信は揺らいでいた。捕まったらまずい。なんとか隙を見つけて逃げ出さないとーー。


「レイアさーん! 急にギルドを飛び出してどうしたんですか?」


 黒髪の青年、クロウがこちらに向かって走ってくるのが見えた。コティッシュはレイアに一瞬隙ができたのを見逃さなかった。 


 レイアの伸ばした手をひらりとかわすと、クロウの背後に回った。そして袖口に隠し持っていた仕込みナイフをクロウの首筋に当てがうと、


「この男の命が惜しかったら、俺を見逃せ」


 実に情けない要求だったが、最早コティッシュに残された道は無かった。しかしレイアに効果は抜群のようだ。震える唇で、


「べ、別にクロウがどうなろうと知ったことじゃないのじゃ」


「へー、そうかい」


 ナイフで少しだけ、クロウの首筋を刺す。真っ赤な血が一筋流れた。


「や、やめるのじゃ! わかったのじゃ、見逃してやるのじゃ! だからやめるのじゃ」


 形勢逆転。コティッシュはその口元を歪める。

 するとそれまで黙っていたクロウが口を開く。


「……状況がよく分からないのですが、俺が人質になって脅されているのは分かります」


「そうだ。死にたくなかったら、言うことを聞け!」


「お断りします」


「なに? お前、この状況分かっているのか?」


「わかっているつもりなんですが……。なんかあんまりあなたが怖く感じないんですよね。もっと怖い目に何度もあっているせいかな?」


「なんだと?」


「レイアさん! 俺に構わず、この人を倒して下さい!」


「こ、こら、暴れるな! 手元が狂って本当に刺してしまうぞ!」


 しかしクロウはますます激しく暴れる。コティッシュは敵わないと、クロウを突き飛ばした。

 その瞬間、天地が逆転した。同時に激しい頭痛に襲われる。どうやらレイアにバックドロップされたらしい。地面に叩きつけられ、薄れゆく意識の中で、コティッシュは後悔していた。


 自分はなんて弱い人間なんだろう、と。


 ◇


 目を覚ますと、コティッシュは木に縛り付けられていた。レイアとクロウがこちらを見下ろしながら、何やら話している。


「まさか獣人、しかも子供だったとはのう」


「猫耳が可愛いですね」


 そこでようやくコティッシュは、フードが外れ素顔が外気に晒されていることに気が付いた。恥ずかしくなり、叫ぶ。


「わーー! 見るな、見るな!」


「そうは言われても、もうお前の顔付きは覚えてしまったのじゃ。オスのくせに、女みたいに可愛い顔ではないか」


「可愛いって言うなーー!!」


「それになんじゃ、この竹馬みたいな靴は。こんなの履かなければもっと早く走れたのではないのか?」


 レイアの手には、コティッシュが履いていたシークレット・ブーツが握られていた。

 素顔だけでなく、身長が低いことまでバレてしまった。もうコティッシュのプライドは再起不能な位ズタズタだった。そんな彼の様子を察してか、クロウが口を挟む。


「あ、あのレイアさん。もうその位でやめましょう」


「うむ、それもそうじゃな。ではわらわをなぜ監視していたか吐いてもらうぞ」


「……ああ」


 コティッシュは雇い主がアレスであること、レイアはその強さ故に王国からマークされていることを話した。レイアはイマイチ、ピンときていない様子で、


「アレスとは誰じゃ?」


「3ヶ月前にあんたが壊滅させた騎士団の団長だよ。赤銅色の髪の毛が特徴的な」


「ああ! あの顔にカビが生えたオスのことか」


「確かに。あれはカビみたいだったな」


 クスクスと笑い合うレイアとコティッシュ。しかしクロウは顔面蒼白になり、


「それってやばいじゃないですかーー!!」


「なんじゃ、急に大声を出して」


「だってあの剣聖のアレス様ですよ! しかも国からマークされてるなんて……。ああ、一体どうしたら……」


 クロウはあからさまに動揺する。コティッシュは少し哀れに思い、


「安心しろ。冒険者ギルドに属していて、犯罪行為もしていないから、今はまだ危険視はされていない」


「今はまだって……これからは分からないってことじゃないですか!」


「まあ、そうだな」


「レイアさんが安全だとアレス様に、王国に、理解してもらうにはどうしたらーー」


 クロウはしばらく考え込んでいたが、何か思いついたのか、


「あっ!」


 と声を上げた。そしてコティッシュに目を向けると、


「あなたに協力して欲しいことがあるんですけど」


 ◇


 あれから1週間の時が流れていた。

 コティッシュは屋根の上に横になっている。日向ぼっこは彼の少ない趣味の一つだ。昼食を食べた後で満腹な上、温かい陽気だと眠くなるのは当然で。コティッシュは目を閉じた。


 バサバサバサ


 羽音が近くで聞こえて、目を開ける。腹の上に鳥が乗っていた。

 真っ白な鳥で、妙なことに首から小さな鞄を下げていた。鞄には王冠を被ったドラゴンの紋章が描かれている。王国専用の伝書鳩の証だ。

 コティッシュは慣れた手つきで鞄を開けると、中身を取り出した。

 中から出てきたのは小さく折り畳まれた紙だ。そこにはこう書かれていた。



 ーーーーーー


 コティッシュよ、ご苦労だった。調査書には全て目を通させて貰ったぞ。

 レイアはどうやら大人しくしているらしいな。

 上にも問題なしと伝えておいた。しかし奴の力は強大だ。魔王軍が接触してくる可能性もある。引き続きレイアの監視を頼む。


 アレスより


 ーーーーーー


 コティッシュは少し申し訳ない気持ちになる。

 クロウの提案は至極簡単なことだった。

 調査書に当たり障りのないことを書くことだ。(無論、レイアに見つかった上ボコボコにされたことは報告していない)

 そのおかげか、アレスと王国はレイアを倒すべき敵と認識していないようだ。……少なくとも今は。

 コティッシュは背伸びをすると、大きく息を吐く。

 任務継続とのことで、しばらくこの町に滞在することになる。レイアについては今後も当たり障りのない報告をあげるつもりだ。


「……だって死にたくないしね」


 ふと下を見ると、レイアとクロウが2人並んで歩いていた。クロウは全くこちらに気がついていない様子だが、レイアと目が合う。その鋭い視線は、コティッシュを牽制しているようでーー。


 コティッシュはぶるりと身震いした。それは恐怖のせいなのか、寒さのせいなのか、彼には分からなかった。

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