第17話 アサシンのコティッシュ その2

 王都から馬車で揺られること10日。コティッシュはレイアが活動拠点としている街、『ハリマジ』にやって来た。


 時刻は正午。腹ごしらえをしつつ、情報を収集することにする。コティッシュは屋台で林檎パイを購入すると、亭主に話しかける。


「そういえば、この町にえらく強い女の子がいるって聞いたのだが……」


「ああ、レイアさんのことだね。この前なんてフェンリルの死体を抱えて持ってきたから、びっくりしちまったよ」


「へえ、すごいね。是非とも顔を拝んでみたいもんだ」


「それなら冒険者ギルドに行ってみたらどうだい? たまに顔を出しているみたいだから、運が良ければ会えるよ」


 やはり冒険者ギルドか。

 アレスから貰った情報によると、レイアは金級冒険者。亭主の言う通り、冒険者ギルドに立ち寄る可能性は高い。コティッシュは林檎パイを三口で食べ切ると、冒険者ギルドに向かって歩き出した。


 ◇


 コティッシュはギルドの屋根裏に侵入した。

 床に小さな穴を開け、下の様子を見えるようにする。うつ伏せ姿勢になり、その穴を覗いた。


 真下はカウンターのようだ。今は昼過ぎ、冒険者達は食事を終えてクエストをこなしているのだろう。カウンターに訪れる人間は皆無で、受付嬢は暇そうに大きな欠伸をしている。ここで張り込めば、いずれレイアに会えるだろう。

 コティッシュは待つのには慣れていた。ターゲットの情報を得るためには何時間、いや何日でも待つことはザラだ。

 訓練により同じ姿勢をしていても身体は痛くならないし、トイレも食事も長時間我慢できる。


 コティッシュの職業は『アサシン』だ。


 主に暗殺を生業とし、諜報活動も得意としている。それらを可能としているのは、コティッシュの高い俊敏性と隠蔽能力だ。走れば音より早く、隠れれば誰からも気付かれない。

 その実力を買われ、アレスのお抱えアサシンにまで成り上がることができた。

 剣聖アレス・レッドメインはおそらくこの世界で一番強い男だ。コティッシュが唯一背後を取れない人間でもある。そんなアレスからの依頼はきっと難しく、やりがいがあるに違いないーーそう期待していたのは最初だけだった。


 やれ、悪徳領主を暗殺しろだの。

 やれ、国王の庶子を探し出せだの。

 やれ、魔王領の偵察をしてこいだの。


 同業者から見れば難易度SSS級だが、コティッシュにとっては赤子の手をひねるようなものだった。

 しかし今回のターゲットは、あのアレスを圧倒した少女・レイアだ。今回の任務、かなり過酷に違いないーー。


 そんな考えとは裏腹に、コティッシュの口角は自然と上がっていく。そう、彼は期待しているのだ。


 そうして心踊らせながら、屋根裏で待つ事1時間。炎のように真っ赤な髪の人間が現れた。彼女は受付嬢に話しかける。


「今日も来てやったのじゃ」


 語尾に『のじゃ』を付けている。アレスから貰った情報の特徴と合っている。間違いない、あの赤髪がレイアだ。レイアと受付嬢は、顔馴染みのようで会話を始めた。


「レイア様、ようこそいらっしゃいました。今日はどんなご用意でしょうか」


「モンスターを倒したのでその換金じゃ」


 レイアは自身の頭より大きな麻袋をカウンターに載せた。受付嬢は麻袋の中を確認すると、


「オークの耳ですか、それもすごい量。流石、レイア様です」


「違うのじゃ。このオークを狩ったのは、クロウじゃ」


 コティッシュはそこでようやく、レイアの少し後ろに黒髪の男が立っているのに気がついた。


 ーー誰だ、あの男は。アレス様から貰った情報にも載ってなかったぞ。


 黒髪の男、クロウは頭を掻きながら、


「はい。俺がこのオークを倒しました」


「すごいじゃないですか! まだ冒険者になってから2ヶ月も経っていないのに」


「いや〜、俺なんてまだまだですよ」


「いえいえ! 職員の間でも期待の新人だって話題ですよ」


「そうですか? 照れちゃうなぁ」


 受付嬢と仲良さげに話すクロウ。するとレイアは不機嫌そうに、


「なーに、調子に乗っているんじゃ! わらわに言わさせればクロウは半人前、いやそれ以下のミジンコじゃ」


「そ、そんなぁ」


「受付嬢、お前も調子いい事ばかり言うな」


「……すいません」


 受付嬢は頭を下げる。それでも気が収まらないらしく、レイアはフンと鼻を鳴らす。この一連の会話から察するに、どうやらレイアはクロウに特別な感情を抱いているらしい。


 ーーいくら強いといっても、まだ14の小娘だな。こちらにも全く気が付いていないみたいだし、とんだ肩透かしだ。


 コティッシュは心底がっかりした。しかし仕事は途中で投げ出せない。コティッシュは再び聞き耳を立てる。


「おい受付嬢、このギルドは掃除をしているのか?」


「はい。朝と夕の2回、職員がしていますけど。それがなにか?」


「……それでは不十分じゃな。どうやらネズミがいるようじゃ」


 レイアがゆっくりと上を向く。ルビーのような真っ赤な瞳と目が合った。


 ーーバカな! 見つかっただと?


 コティッシュは弾かれたように起き上がると、床板が軋むのも気にせず走り出した。

 転がるように屋根裏から抜け出し、全速力で街を駆け抜ける。その速さときたら、すれ違う人皆、風が吹き抜けたと勘違いするほどだった。


 コティッシュは走りながら、その心中は恐怖で一杯だった。

 あのアレスでさえ至近距離に近づかなければ、気配に気が付かないのに。あれだけ離れていて、しかも壁一枚隔たっていたのに、見破ることのできたレイアーー少女の皮を被った化け物か!

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