第14話 ドラゴンのチビ その2

 ギルド『ドラゴンのひげ』は慌ただしい様相をしていた。室内は冒険者で溢れ、職員は忙しそうにバタバタと動きまわっている。

 レイアは関係ないとばかりに、他の冒険者を押し退けて前に進んでいく。クロウも少し遅れて後を追いかける。 

 カウンター前に辿りついた時、眼鏡をかけた受付嬢が駆け寄ってきた。


「あっ、レイア様! よかった、迎えに行こうと思っていたんですよ。実は今大変困ったことが起きてまして」


「わらわは急ぎの用事があるのじゃ。それが済んだら聞いてやるのじゃ」


「ええー、そんなぁ。ドラゴンを相手できる冒険者なんてレイア様しかいないのに……」


「今何と言った?」


「『ええー、そんなあ』です」


「その後じゃ、その後!」


「『ドラゴンを相手できる冒険者なんてレイア様しかいないのに』ですか?」


「……その話、詳しく聞かせるのじゃ」


「は、はい。最近、町外れの廃城にドラゴンが住みつきまして。家畜を襲ったり、近隣住民の金品を奪ったりとやりたい放題で」


「ちなみにいつ頃から廃城に住み着いたのじゃ?」


「えーと、確か3日前くらいだったと思います」


 レイアとクロウは顔を合わせると、頷き合う。そのドラゴン、チビに違いない。

 受付嬢はさらに続ける。


「まだ死者は出てないものの、このままでは危険と判断しました。今から1時間後、ギルドメンバー総動員でドラゴンの討伐に向かいます」


「させないのじゃ!!」


 レイアはギルド中に響くような大声で叫んだ。ギルド中の視線がレイアに集まる。レイアは目を泳がせながら、


「え、えーと、総動員なんて大袈裟なのじゃ。ドラゴンごとき、わらわ1人で十分なのじゃ」


「しかしドラゴンは最強のモンスターですよ。いくらレイア様でもソロは無理なんじゃ……」


「わらわは最強、不可能はない! だからお前たちは待っているのじゃ! 絶対にわらわについてくるなよ!」


 そう叫ぶと、レイアはギルドから飛び出していってしまった。残された冒険者達がざわつく。


 賞賛する者。

 命知らずと嘲笑する者。

 心配する者。


 三者三様の反応をする冒険者達だったが、命が惜しいのだろう、レイアに付いて行くものはいなかった。ただ一人、クロウを除いてーー。


 ◇


 意外にもクロウはすぐにレイアに追いついた。


「なんじゃ。お前付いて来たのか」


 レイアはツインテールの先っぽを弄りながら、いかにも素っ気なくそう言った。

 しかしクロウにはその言葉が嘘だと気が付いていた。本気で付いて来て欲しくないのならば、クロウが追いつけない速度で走ればいい。しかし、レイアが歩いていたのはギルドからそう離れていない目抜通りだった。


 クロウの口元が自然と弛む。

 ーーレイアさんは素直じゃないなあ。


「何笑っておるのじゃ。気持ち悪いのう」


「チビさんとは付き合いは長いんですか?」


「なんじゃ急に」


「教えて下さいよ」


 レイアは返事をする代わりに、ゆっくりと歩き始めた。クロウも並んで歩き出す。


「……チビとはそんなに長くないのじゃ。5年くらいかの。ドラゴンの巣から卵を盗んで、その卵から生まれたのがチビだったのじゃ」


「もしかして、レイアさんがチビさんを育てたんですか?」


「うむ、そうじゃ。最初の頃はなかなか餌を食べなくてな、大変だったのじゃ。空を飛ぶ練習も一緒したのう。翼が思うように動かなくて、大変だったのじゃ」


 大変だったと語るわりに、レイアの横顔はなんだか嬉しそうに見えた。しかしすぐに曇った表情に変わる。


「……チビは戻ってきてくれるかのう?」


「大丈夫ですよ。きっとチビさんもレイアさんと仲直りしたいと思っていますよ」


「……うむ」


 それきり2人は口を噤み、廃城に着くまで話すことはなかった。


 ◇


 廃城に着く頃には、日は落ちていた。月は分厚い雲に覆われており、街灯もないため、すぐ隣にいるレイアの表情も見えないくらい真っ暗だ。


「チビ! いるのか?」


 レイアが廃城に向かって大声で叫ぶ。しかし返事はない。


「伏せるのじゃ!」


 レイアに頭を掴まれ、そのまま地面に押し付けられる。


 バサバサバサバサ!


 数秒遅れて、頭のすぐ上をすごい速さで何かが通過した。ほっとしたのも束の間、今度はレイアに抱き抱えられる。レイアはクロウを抱いたまま、空高く跳躍した。


 ゴウ!


 今度は地面が真っ赤に燃える。そこでようやく、クロウはチビから攻撃を受けていることに気が付いた。

 レイアは着地すると、再び大声で叫んだ。


「チビ! やめるのじゃ」


 巨大な火の球が飛んできた。レイアは避けずに火の球にパンチする。風圧で球は弾け、消える。


「なぜじゃ、チビ。わらわのことが嫌いになったのかの?」


「……」


「チビ……」


 その時、月を覆っていた雲が切れた。

 廃城が月明かりで照らされる。 ボロボロに朽ち果てている廃城、その主塔に留まっているのは青いドラゴンーー


「のじゃ!?」


 ーーではなかった。


 灰色の皮膚に、翼は前肢と一体化している。チビと比較するとやや小柄なトカゲ型のそのモンスターの名は、


「ワイバーンじゃ!」


 ワイバーンはその大きな口をにやりと歪ませると、


「そう我はワイバーン。偉大なる魔王様の下「チビはどこじゃ!」


「チビなど知らぬ! それより我は偉大なる魔「チビを出すのじゃ!」


「ええい、知らぬと言っておるだろうが!」


 クロウはレイアの肩を叩くと、


「どうやら本当にチビさんのことは知らないみたいです。人違いならぬ、ドラゴン違いですね」


「なんじゃそうなのか。ならばここには用はないのじゃ。帰るぞ」


 レイアはワイバーンに背を向ける。


「逃げる気か? 逃さぬぞ!」


 逆上したワイバーンはレイアに襲いかかってきた。しかし、レイアのカウンターパンチが炸裂。ワイバーンは地面に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


 ◇


 夜も更けてきたので、レイアとクロウの2人は、いつも寝泊まりしている廃屋に帰ることにした。


「結局、チビの居場所は分からなかったのじゃ」


「明日はもっと捜索範囲を広げましょう! そうすればきっと見つかりますよ」


「……うむ」


 クロウが元気付けても、レイアは浮かない表情だ。こんなに落ち込んでいるレイアを見るのは初めてだ。それだけチビのことが大切なのだろう。

 月明かりだけが頼りの帰り道は、なんだかいつもより長く感じられた。


「待つのじゃ! なにかいるのじゃ」


 レイアに手で制止させられる。なるほど、何かが道を塞いでいる。それは巨大で、青く、少し光沢があってーー。


「チビ!」


 レイアの呼びかけで、それはびくりと身を震わせた。そしてゆっくりとこちらを向く。


「レイアしゃま……」


「やっぱりチビじゃ! 今までどこへ行っていたのじゃ?」


「これを取りにいってましゅた……」


 チビは尻尾を持ち上げる。尻尾の先には小さな籠が引っかかっていた。籠の中には甘酸っぱい匂いのする赤い実が入っていた。


「これはアマイチゴか?」


「はいでしゅ。レイアしゃまの好物だから……」


「わらわのために……?」


 チビは頷いた。


「チビは……チビはレイアしゃまのことが大好きでしゅ。離れたくないでしゅ。また下僕にしてくだしゃい」


「もちろんじゃ! もう2度とわらわから離れるでないぞ。これは命令じゃ」


「はいでしゅ」


 クロウはうんうんと頷く。2人が仲直りできて良かった。


「チビよ、わらわの下僕に戻りたいなら、もうひとつやることがあるのを分かっているか?」


「……はいでしゅ」


 チビは頭を下げると、


「食べようとして、ごめんなしゃいでしゅ。もう2度と食べようとしないので、許して欲しいでしゅ」


 クロウはポカンとする。まさかチビが、あの伝説のドラゴンが人間に謝るなんて!


「こら、オス! チビが謝っているのじゃぞ、なにか言わんか」


「あっ、すいません。もちろん、許しますよ」


 チビの顔がパァッと明るくなる。尻尾を千切れんばかりに振りながら、クロウに近づく。


「ありがとうでしゅ。オス、お前結構いい奴でしゅね」


「はは、これからもよろしくね。チビさん」


 チビのことは今まで怖がってきたが、よく見ると可愛い気がしてきた。これからはもっと仲良くしよう、クロウはそう思った。


 しかしーー


「へくしょん!」


 チビがくしゃみをした。くしゃみと同時に青い炎が吹き出す。

 恐る恐る振り向くと、周囲は焼け野原になっていた。あと少しずれていたら、クロウに直撃していただろうーー。


「こら! くしゃみをする時は上を向くよう言ったじゃろ! 以前山ひとつ消したこと忘れたのか!」


「ご、ごめんなしゃいでしゅ」


 前言撤回、やっぱりドラゴンは恐ろしい。



























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