第13話 ドラゴンのチビ その1
「レイアしゃまーー! 遊んで下しゃい」
ある日の昼下がり、湖畔にて。
ドラゴンのチビは、その巨大な尻尾を千切れんばかりに振り、キラキラお目々でレイアを見つめる。チビお得意の『かまって』ポーズだ。
しかしレイアはチビを一瞥すると、
「すまぬ、チビよ。わらわは今手が離せないのじゃ」
「えーーっ、なんででしゅか?」
「見て分からぬか? オスを助けなくてはいけないのじゃ」
レイアの視線の先には、5匹のゴブリンに袋叩きにされているクロウがいた。レイアはため息を吐くと、
「5匹いっぺんはまだ早かったか。仕方ないのう」
レイアはデコピンで、ゴブリンの頭を次々と割っていく。
「ほれ、大丈夫か?」
「レイアさん、ありがとうございます。今度こそ死ぬかと思いました」
「ゴブリン如きに殺されてどうするのじゃ! 全く先が思いやられる。これではいつまでたっても子供を産めないではないか!」
「す、すいません。もっと努力します……」
仲睦まじく話す2人、少なくともチビにはそう見えた。そうでなくてもここ最近、レイアはクロウにかかりきりだ。
チビはあまり構ってもらっていないのに!
その思った瞬間、胸に溜まっていた黒い感情が一気に溢れ出た。
「ずるいでしゅ! ずるいでしゅ! ずるいでしゅ! なんでそのオスとばっかり仲良しでしゅか! レイアしゃまの1番の仲良しはチビなのに!」
「いきなりどうしたのじゃ、チビ」
「レイアしゃまとチビの仲良しを邪魔するオスはーーいなくなればいいでしゅ」
チビはその巨大な口を開けると、クロウに襲いかかった。クロウは当然反応できず、その場で固まっている。
ーーこのまま一飲みにしてやるでしゅ!
そう思った瞬間、チビの身体は宙を舞っていた。翼で飛んでいないのに空を飛ぶのは変な感じでーー。
しかしその感覚は長く続かなかった。チビの身体はすぐに下降しはじめる。このままでは地面に落ちてしまう。
そう危惧したが、身体はまるで鉛のように重く動かない。チビは受け身をとることもできず、目をギュッと閉じる。
バシャーン!
地面に叩きつけられたにしては、その音はあまりにも軽かった。
しかも思っていたより、身体が痛くない。
目を開けると、チビは水中にいた。水は冷たいのに、頬が熱い。それにジンジン痛む。
そこでようやくレイアに頬を殴られ、湖に叩き落とされたことが分かった。
水中を漂いながらチビは思う。
人を食べようとするなんて、自分はなんて悪い子なんだろう。
そして何より、レイアに殴られたことがショックだった。殴られた頬より胸が痛い。
このまま湖に棲む魚になりたい気分だったが、いかんせんチビはドラゴン。息が苦しくなり、水面から顔を出した。
「チビッ! 自分が何をしたか分かっているかっ!」
チビを待ち受けていたのは、レイアの怒声だった。
こんなに怒っているレイアははじめてだ。レイアの顔を見るのが怖いので、チビは伏目がちに、
「……だって、チビは寂しかったでしゅ」
「寂しい? それがなんじゃ! このオスが死んだら、わらわは子供を産めなくなるのじゃぞ! わらわの女王になる夢が叶わないではないか!」
「うう、ごめんなしゃいでしゅ」
「謝って済む問題ではない! もうお前は勘当じゃ! わらわの前から早く消えるのじゃ!」
チビの瞳から大粒の涙がぼろぼろ溢れる。
「ーー分かったでしゅ。今までありがとうございましゅた」
チビは翼を広げると、そのまま空へ飛び立った。
◇
チビが去って早3日。
クロウとレイアは相変わらず、湖畔で修行に明け暮れていた。
「やりました! ゴブリン5匹倒しましたよ!」
「……」
「レイアさん?」
「ん、ああ? よくやったのじゃ」
レイアはあからさまに元気がない。
どう考えてもチビがいなくなったことが原因だ。
「あの、チビさんを探しにいかなくていいんですか?」
「……オスには関係ないことじゃ」
「関係ありますよ! だって元はと言えば、俺がレイアさんを独占していたことが原因なんですから」
「お前正気か? チビに殺されかけたのだぞ。そうでなくて怖がっていたのに、これからも奴と一緒に入られるのか?」
大口を開けたチビの姿を思い出すと、今でも身がすくむ。
しかしーー。
「俺はチビさんと仲直りするべきだと思います」
「なぜじゃ」
「レイアさんには後悔して欲しくないんです!」
レイアのルビーの瞳を真っ直ぐ見つめる。いつも自信満々な彼女には珍しく、その表情は悲しみに歪んでいた。
クロウは妹のクロエのことを思い出していた。大切な人との別離の悲しみは誰よりも分かっているつもりだ。
同じ悲しみを、レイアには味合わせたくない!
先に視線を外したのは、レイアだった。
「……お前がそこまで言うなら仕方ないのじゃ」
「じゃあ」
「チビを探しに行くのじゃ。お前も手伝うのじゃぞ」
「はい! もちろんです」
「しかし探すと言ってもどこをどう探せばよいかのう。チビがいなくなってからもう3日はたっておるのじゃ」
「とりあえずギルドに行ってみませんか? あそこならモンスターの情報が集まります。チビさんの居場所の手がかりがあるかもしれませんよ」
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