第12話 ゴブリン

「今日から実戦じゃ」


「はい!」


 朝の湖畔に、レイアとクロウの声が響く。特にクロウの声は普段よりも大きく、明るいものだった。


 その理由は、クロウの服装にあった。頭以外の全身を包むは、銀色に輝くプレートアーマー。腰にはロングソードをぶら下げている。

 レイアが先日稼いだ金で購入した品々で、どれもハリマジで手に入る装備の中では一級品だ。


 まあ少し、いや、かなり重いと言う欠点はある。しかしそれ以上に自信と安心感を得ることができた。

 身につけるものひとつでこうも変わるなんて! クロウは驚きを隠せない。しかしそうなるとひとつ疑問を抱いた。


「レイアさんって、軽装過ぎないですか?」


 レイアの装備品は、真紅のビキニアーマーと腰に付いている小さなポーチのみだ。


「鍛えられた筋肉は鋼よりも硬いのじゃ!

 ちょっとやそっとではわらわの皮膚は傷つかぬ。それにアマゾネスの間では、頑丈な装備を付けている者は弱虫扱いされてバカにされるのじゃ。だからアマゾネスは皆基本軽装じゃ」


「なるほど」


「では早速モンスターと戦うのじゃ。初心者向けのモンスターといえばやはりゴブリンじゃな」


 ゴブリンは人型のモンスターだ。全身緑色で、額には角が生えている。身長は5歳くらいの子供くらいと小柄で、力が弱い。しかし棍棒や短剣といった武器を持ち、徒党を組む知力はあるーーそれがクロウのゴブリンのイメージだ。


 故郷のカイナ村でも数回見たことある。農作物を荒らすので、よく駆除されていた。駆除は大人達の仕事だったので、クロウは直接戦ったことはない。

 戦闘経験のほとんどない村人が駆除できていたので、そこまで強い相手ではないだろう。

 少し安心する。


「では森に行ってゴブリンを探しましょう!」


「いやその必要はないのじゃ」


 レイアは自身の腰に付いたポーチに手を突っ込む。そして取り出されたものはーーなんとゴブリンだった!

 レイアは得意げに、


「いちいちゴブリンを探してまわるのは時間の無駄だと思って、あらかじめゴブリンを捕まえておいたのじゃ。わらわ頭がいいのう」


「……あの、ゴブリンがポーチから出てきたように見えたんですけど」


「うむ、その通りじゃ。このポーチは『アイテムボックス』といって無限に物を詰め込むことができるのじゃ」


「無限にですか!? すごいレアアイテムじゃないですか!」


「いちいちうるさい奴じゃのう。お前は目の前の敵と戦えばいいのじゃ」


 レイアの言葉にハッとなる。すぐ目の前には、血走った目のゴブリン。右手には棍棒を持っており、今まさに振り下げる瞬間だったクロウは慌てて後ろに飛び退いた。


 地面に棍棒が激突する。鈍い音と土煙があたりを舞う。一瞬でも反応が遅れていたかと思うとーーゾッとする。


 しかし安心している暇はない。ゴブリンはすぐに体勢を整えると、再び棍棒を振り上げた。

 堪らずクロウは逃げ出した。ゴブリンも棍棒を振り回しながらクロウの後を追いかける。


「こら! 逃げてないで戦わんか!」


「い、いきなり戦うなんて無理ですよ! せめてお手本を見せて下さい!」


「……仕方ないのう」


 レイアはため息をひとつ吐くと、ゴブリンの前に立ちはだかった。そして拳を突き出すとパンチーーではなくデコピンをした。


 パァン!


 ゴブリンの頭が爆ぜる。地面がゴブリンの血で真っ赤に染まり、残った体はピクピクと痙攣している。


「と、まあこんなものじゃ。簡単だろ?」


「……無理です」


「やってみる前から諦めるでない。さ、次は1人で倒してみるのじゃ」


 レイアはポーチから2匹目のゴブリンを取り出した。このゴブリンも好戦的な様子で、早速クロウに襲いかかってきた!


「うわああ!」


 クロウはゴブリンから背を向け逃げ出した。


「弱虫め! 魔王を倒す夢はどうするつもりじゃ!」


「ーーッツ!」


 クロウは自分のやるべきことを思い出した。ロングソードを素早く抜くと、ゴブリンに向き直る。そしてロングソードを振り上げると、ゴブリンの頭に思いっ切り叩きつけた!


 ガツン!


 ゴブリンは足から崩れ落ちる。

 さらに追い討ちをかけるように、背中を何回も突き刺す。


 ザクッ

 ザクッ

 ザクッ……


「おい、オス。やめるのじゃ。もう死んでいるのじゃ」


 レイアの制止で我に返る。ゴブリンはぴくりとも動かない。どうやら死んでいるようだ。


 クロウはその場にへたり込む。肩で息をする。すごく疲れていた。

 死んだゴブリンを見る。実に惨たらしい死体だった。頭蓋骨は陥没し、血液はあちこちに飛び散っている。


 ーーこれ、俺がやったのか?


 思わずゾッとする。ゴブリンの頭を割った時の感触が今も右手に残っていた。虫以外の生き物を殺すのは初めてだった。1匹殺しただけで、こんなに疲労感と恐怖を感じるなんて! こんなことを何千、いや何万回と繰り返さなくてはいけないのか?


「どうしたのじゃ? 初の勝利だぞ、もっと喜ぶのじゃ」


「……レイアさんは戦うことが怖くなったりしないんですか?」


「なんじゃ、急に。もしかして、お前戦うのが怖くなったのか?」


 クロウは頷いた。レイアは小さなため息を吐くと、


「仕方ない奴じゃの。わらわは戦いが怖いと思ったことはないぞ」


「今まで一度も、ですか?」


 レイアは少し考えると、


「わらわは言葉を覚えるより先に戦い方を覚えたのじゃ。だから怖いと思う暇がなかった、と言うのが正解じゃな」


 クロウは驚く。

 そんな幼子を戦わせるか? スライムの離乳食の件といい、親は何を考えているんだろう。レイアは少し、いや、かなり可哀想な子なのではないだろうか。


 しかしレイアは全く気にしていない様子で、


「そうじゃ! お前もわらわと同じように、怖いと思う暇がないほどたくさん戦えばよいのじゃ」


「え」


 レイアはアイテムボックスからゴブリンを一気に3匹取り出した。


「今日のノルマはゴブリン100匹じゃ! ほれほれ、早くしないと日が暮れるぞ」


 3匹のゴブリンが一斉に襲いかかってくる。クロウは逃げながら思う。


 やはり、こうなるのか!

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