第10話 ギルド

 ハリマジ唯一の冒険者ギルド『ドラゴンのひげ』。


 昼時のせいか冒険者の姿はほとんどなく、併設されている酒場から笑い声や話し声が漏れ聞こえてくる。

 そんな静かなギルドに突如、絶叫が響き渡る。


「なぜわらわは冒険者登録できないのじゃ!」


 声の主は褐色ツインテール娘ーーレイアだ。

 受付カウンターにこれでもかと身を乗り出し、対面にいる相手を睨みつける。

 その相手ーー眼鏡をかけた受付嬢は苦笑すると、


「そう言われましても、無理なものは無理です」


「だーかーら、なぜ無理なのか教えるのじゃ」


「それは……」


 受付嬢は、レイアから気まずそうに目を逸らし、黙り込んでしまった。レイアの怒りは、すぐ横に立っているクロウに向く。


「おい、オス! ここに来れば『おかね』が手に入るのではなかったのか?」


「あれ〜? おかしいな、冒険者になるには特別な資格は必要なかったと思うんですけど。なんで俺たち、冒険者登録できないんですか?」


 受付嬢は答える。


「いえ、あなたは冒険者登録できます。できないのはそちらのお嬢さんだけです」


 それを聞いてレイアはますます激昂した。


「なーんでじゃ! なぜこのオスが登録できて、わらわは登録できないのじゃ!」


「静かにして下さい。貴女が登録できない理由を言いますから!」


「……わかったのじゃ」


「もう一つ、理由を聞いても怒らないで下さいね」


「しつこいのう。さっさと言うのじゃ」


 受付嬢がちらりと、クロウに視線を向ける。


「そちらの方の言う通り、冒険者になるには特別な資格は必要ありません。希望すれば誰でもなれます。しかしその一方で、実力不足で命を落とす者も少なくありません。そういった人物を冒険者にさせないのも私たち受付嬢の仕事なんです」


「つまり……わらわが弱いと言っているのか?」


「はい」


「わらわは弱くない」


 首筋にナイフを突き付けられているように錯覚するくらい、冷たい声だった。

 クロウは思わず身震いする。レイアに『弱い』は禁句だったのだろうか。

 このままでは受付嬢の命が危ない!受付嬢の身を案じたクロウは、慌ててフォローする。


「あ、あのーレイアさんは見た目は強く見えないかもしれません。でもすごく強いですよ。本当です。信じて下さい」


「もしかして強い魔法使えるんですか?」


「え、えーと。魔法はちょっと……。でも筋肉はすごくて」


「筋肉ですか?」


 受付嬢はぷっと吹き出した。

 同時にレイアのこめかみに青い筋が立つ。


「わかったのじゃ。わらわが強いと証明してやろう」


「ま、待って下さい。命、命だけは許してあげて下さい!」


「おい、オス。なにを勘違いしておるのじゃ。わらわの強さの証明ーーそれはステータスじゃ!」

 

 ステータス。それは人生の縮図、または指標。レベルや体力、魔力など様々な項目を数値化したものである。


「これだけの組織じゃ。ステータスを鑑定する方法くらいあるのだろ」


「あることはありますが……」


「わかっているのじゃ。もしステータスが低かった場合は冒険者登録はすっぱり諦めるのじゃ」


「……仕方ありませんね。では少々お待ち下さい」


 受付嬢はギルドの奥から、布の掛かった物体を持ってきた。


「こちらは鑑定水晶です」


 受付嬢が布を外すと透明な板が現れる。大きさはまな板くらいか。表面には何も書かれておらず、ツルツルとしている。


「血液には様々な情報が含まれていると言われています。この鑑定水晶ははわずかな血液からでもその人のステータスを解析することができるんです。血液を一滴垂らし、ステータスを鑑定して下さい」


「じゃあオス、お前から鑑定するのじゃ」


「えっ、俺ですか?」


 突然の指名に、クロウは目を白黒させる。


「自分の実力を知っておくのはとても重要なことじゃ。それに……」


「それに?」


「お前のしょぼいステータスが、わらわの凄さを際立たせるのじゃ。ほれ、さっさとやれ」


「そんなあ」


 クロウはしぶしぶ親指を齧り、鑑定水晶に血を垂らす。すると鑑定水晶の表面に、なにやら文字が浮かんできたではないか!


 ーーーー


 名前:クロウ・ギルシス

 年齢:18


 レベル:1

 体力:18/18

 魔力:8/8


 腕力:14

 頑丈:9

 俊敏:7

 知力:20


 加護:


 ーーーー


「なになに? レベルは1か。ステータスは軒並み低いし、『加護』に至っては空白ではないか。ぷぷ、予想通りしょぼいステータスじゃな」


「う、うう……」


 落ち込むクロウの肩を、受付嬢が優しく叩く。


「いえいえ、レベル1でこのステータスなら問題ないですよ。むしろ高いくらいです。冒険者として有望ですよ。それより問題なのは……」


「わかっているのじゃ。わらわのステータスの鑑定を始めるのじゃ。びっくりして腰を抜かすなよ」


 ドヤ顔でレイアは鑑定水晶に血を垂らす。すると文字が浮き上がってきた。


 ーーーー


 名前:レイア

 年齢:14


 レベル:縺阪e縺?§繧?≧縺ッ縺。

 体力:縺輔s縺倥e縺?∪繧

 魔力:2/2


 腕力:縺イ繧?¥縺セ繧

 頑丈:縺ッ縺。縺倥e縺?∪繧

 俊敏:縺ェ縺ェ縺倥e縺?↑縺ェ縺セ繧

 知力:9


 加護:縺溘¥縺輔s縺ゅj縺吶℃縺ヲ蜈・繧翫∪縺帙s

 ーーーー


「なんじゃ、このステータスは!? ほとんどが読めないではないか。どういうことじゃ」


 受付嬢は首を傾げると、


「こちらが聞きたいくらいですよ! 受付嬢になってから5年経っていますが、こんなステータスは見たことがありません。一体何をしたんですか?」


「なにって……普通に血を垂らしただけじゃ」


「仕方ありませんね、ステータスの読める箇所から判断しましょう。魔力2に知力9ですか。低いですねえ。他人のステータスをよく笑えますねえ」


「そ、その2つのステータスがたまたま低いだけじゃ! 他のステータスはすごいし、加護だってたくさんあるのじゃ! なあクロウ、お前もそう思うだろ?」


 顔を真っ赤に染めたレイアが、クロウに詰め寄る。クロウは考える。確かに妙だ。レイアの、高そうなステータスの数値だけが読めないなんて。

 クロウはピンと来た。


「まさか、数値が高すぎて測定できないのでは? 受付嬢さん、ステータスはどの値まで測定できますか?」


「ええとレベルは50まで、ステータス数値は4桁まで、加護は10個まで測定可能です」


 受付嬢の言葉を聞き、レイアはカウンターテーブルを拳で叩いた。


「馬鹿者! わらわのレベルは98じゃ! 魔力と知力以外の数値は詳しくは覚えていないが、どれも5桁じゃ。加護だってたくさんーー」


「信じられませんね。あの剣聖のアレス様でさえレベルは97ですよ」


「この分からず屋め……。それならお前のその身体に、わらわの強さを分からせてやろうか?」


 レイアが固く拳を握るのを見て、クロウは息を飲む。今度こそ受付嬢の命が危ない。

 暴力以外で、何かレイアの強さを証明する方法はないだろうか?


 ふと、掲示板が目に入った。掲示板を埋め尽くすのは、クエスト依頼の貼り紙だ。冒険者はあの中から自分が受注するクエストを選ぶらしい。


 ーーと、クロウはあることを思い付いた。


「あの受付嬢さん。このギルドで1番難しいクエストは何ですか?」


「えーと確か、東の森のフェンリルの討伐ですけど」


「ですってよ、レイアさん」


 レイアはルビーの瞳をぱちぱちさせたが、すぐに意味を理解した様子で、


「東の森じゃな! ではいってくるのじゃ」


 クロウが『いってらっしゃい』と言う間もなく、レイアはすごい速さでギルドを出て行ってしまった。 

 受付嬢はポカンとしていたが、すぐに我に帰り、


「ちょ、まさかフェンリルの討伐に行ったわけじゃないですよね?」


「そのまさかです」


「あんな小さな女の子1人がなんとかなる相手じゃないですよ! 金級の冒険者が数人がかりでやっと倒せる強いモンスターなんですから!」

 

 受付嬢はそう言い残すと、他の職員に助けを求めに行くのだろう、ギルドの奥に姿を消した。


 一方、クロウは不安になってきた。いくらレイアが強いといえど、狼型モンスター最強のフェンリルは荷が重かっただろうか。

 今からでもレイアを追いかけようかーーそう思い始めた頃である。にわかに外が騒がしくなってきた。

 レイアのことも気になるが、クロウはとりあえずギルドの外に出ることにした。


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