第9話 武器屋
レイアとクロウは、2人が出会った町『ハリマジ』にやって来た。そのまま商店の並ぶ大通りに足を運ぶ。昼前ということもあり、買い物に訪れた人々で混んでいた。
しかしレイアはずんずんと進んでいく。人ごみの中だというのに、人にぶつかる素振りもみせない。すごい反射神経と空間把握能力だ。
一方クロウは田舎者ということもあり人ごみに慣れていない。何度も人にぶつかり、思うように前に進めない。しかも厄介なことにレイアは背も低い。このままでは見失ってしまう。
たまらず、クロウは大声を出した。
「レ、レイアさーん。待って下さーい」
「仕方ないのう」
2人は人の少ない道脇に移動する。
「いい加減どこに行くか教えてくださいよ」
「さっきも言った通り修行は次の段階、モンスターとの実戦に移るのじゃ」
いよいよ実戦が……! クロウは息を飲む。
「しかしわらわはお前に合う武器を持っていないのじゃ。だが以前この町に訪れた時、武器と書いてある看板があるのを思い出してな。どこだったかのう…」
「ああ、武器屋ですね。確かこっちですよ」
武器屋は、大通りの外れにひっそりと佇んでいた。今にも崩れそうな古い石造りの建物だ。窓は厚いカーテンで締め切られており、店内の様子は見えない。看板がなければ武器屋だと分かる人間は皆無だろう。
入り辛いことこの上ないが、レイアは気にせずドアを開ける。クロウもワンテンポ遅れて店内へ入った。
カランカラーン
甲高いドアベルの音が狭い店内に響く。店内は意外にも明るく小綺麗だった。
剣、斧、槍……様々な武器がところ狭しと並んでいる。
カウンターには禿頭の店員が座っていた。目が合うと、ぎろりと睨みつけらた。他に客は見当たらない。この店が流行っていないのは、あの愛想の悪い店員のせいではないかーークロウはぼんやりそんなことを考えた。
レイアは店員のことなど全く意に介していない様子で、目の前に置かれていたメイスを手に取った。
「ほれ、持ってみるのじゃ」
「はい」
レイアにメイスを手渡され、クロウは右手だけで受け取る。
重い!
思わず落としそうになるが、なんとか両手で支える。レイアが片手で持っていたので軽いと思い込んでしまった!歯を食いしばるクロウを見て、レイアはため息を吐いた。
「駄目か。じゃあ次じゃ」
レイアは次々と武器を手渡してくる。
大剣、モーニングスター、ランス……
しかしどの武器も巨大で重く、クロウは持つだけで精一杯だ。
「まだ筋力が足りぬか……」
「もっと小さい武器がいいと思うのですが!」
「『大は小を兼ねる』という言葉があるじゃろ。大きい武器がいいに決まってるのじゃ。仕方ないのう。もう少し筋トレを続けるか……」
クロウの脳裏に地獄の修行が甦る。もう筋トレは懲り懲りだ! と、一振りのロングソードが目に入った。
「これなんか良さそうです!」
「なんか小さいのう」
不満気なレイアを無視し、クロウはロングソードを手に持った。刃の長さは腕より少し長いくらいか。少し重いが、びっくりするほど手に馴染む。これならなんとか扱えそうだ。
「俺、この剣がいいです」
「ちょっと貸してみるのじゃ」
レイアはロングソードの柄を握ったり、刃を光に翳したりしてみる。
そして少し悩むと、
「悪い品ではないようじゃ。まあ、強くなったら武器を変えるのもありか」
「じゃあ」
「お前の武器はこの剣で決まりじゃ」
「……ありがとうございます」
クロウは嬉しかった。
少し強くなった気がして。
少し認められた気がして。
母さん、クロエ。
俺もっと頑張るから。絶対仇をとるから。
だからもう少し、待っていてくれーー。
「武器も決まったことだし、さっさとモンスターを倒しに行くのじゃ」
「はい!」
まあ、それはそれとして。クロウはポケットに手を突っ込む。ポケットの中から出てきたのは大銅貨が8枚と、紙屑だけだった。
ロングソードきぶら下がっている値札を見る。金貨3枚と書かれていた。
全然足りない!
「あ、あの、レイアさん。俺手持ちが全然無くて。必ず返すのでお金貸してくれませんか?」
一縷の願いを込めてレイアに尋ねる。しかし彼女の口から飛び出したのは、予想外の言葉だった。
「『おかね』とはなんじゃ?」
ぽかん顔のレイア。……どうやら本当に知らないらしい。クロウはレイアに大銅貨を見せると、
「これですよ、これ。持ってないですか?」
「はじめて見るのじゃ。で、これは何に使うのじゃ? 武器には見えないが……」
「えーっと、お金は商品との交換手段に使われるものです。例えばこの大銅貨ならりんご一個と交換できますかね」
「なんだかめんどくさいのじゃ。わらわの故郷のハルモニア島にはそんなものなかったぞ」
「えっ、じゃあ今までどうやって欲しいものを手に入れていたんですか?」
「うむ、せっかくだから実演してやろう」
レイアはカウンターの上に仁王立ちになると、禿頭の店員を見下ろしながらこう宣言した。
「おい、お前! このロングソードは今からわらわのものだ」
当然店員はカンカンだ。
「何言ってんだ、お前! 金払わないならさっさとでていけ! それに土足でカウンターに登るな! 早く降りろ!」
「む! わらわに歯向かうとは生意気な奴。わらわを誰と思っておる! わらわの名はレイア。アマゾネス女王、レーレーの娘にして次期女王じゃぞ」
「知らねーよ! さっさと出て行け! 早く出ていかないと衛兵呼んでくるぞ」
「……どうやら大怪我したいみたいじゃな」
右手を振りかぶるレイア。クロウはこの後の悲劇を予見する。このままだとまずい。なんとかしないと……。
「レイアさん、ちょっと待って下さい!」
レイアの拳は、店員の顔面スレスレのところで止まった。
「急になんじゃ?」
「え、えーと。その……あっ、そうだ! 実はもっといい武器屋があることを思い出したんですよ! そっちに行きましょう! ね? ね?」
「そうなのか。じゃあもうここには用はないのじゃ」
あっさり拳を下ろすレイア。クロウはほっと胸を撫で下ろす。店員は放心しているのか、目を大きく見開いたまま動かない。今のうちに逃げよう。
◇
武器屋を後にした2人は、裏道にいた。
「で、武器はどこじゃ?」
呑気なレイアを無視して、クロウは周囲を見回す。店が多く賑やかな大通りと違い、この裏道は民家ばかりでとても静かだ。他に人もいないし、ここまで来ればもう大丈夫だろう。クロウは額の汗を拭うと、レイアに向き直った。
「武器屋があると言ったのは嘘です」
「なぜそんな嘘をついたのじゃ?」
「あのまま店員に暴力をふるっていたら強盗で捕まっていたからです。駄目じゃないですか!」
「なぜじゃ。ハルモニア島では許されていたぞ。それに弱者が強者の犠牲になることは自然の摂理じゃ」
「たしかにそうかもしれません。でもこの国では欲しいものがあった時はお金を払い、暴力をふるってはいけないーーそれがルールなんです。守れないならこの国にはいられませんよ」
「むむ! それは困るのじゃ。わらわは強きオスの子供を産んで大人にならなくてはいけないのじゃ」
「じゃあルールを守って下さい」
「……わかったのじゃ」
口ではそう言っているものの、レイアは唇を尖らせ少し不貞腐れた様子だ。
大丈夫かなぁ?
クロウは少し不安になる。
「だがどうするつもりじゃ。武器が手に入らないなら素手でモンスターと戦うことになるぞ」
「そ、それは勘弁して下さい。それに武器を手に入れる方法はちゃんとありますから!」
「なに! それは一体どんな方法なのじゃ!」
「それは『働く』ことです」
クロウは考える。『働く』と一言に言っても、職種はたくさんある。
しかしクロウには小麦農家の経験しかなく、何か資格を持っているわけではない。レイアに至っては、腕っ節はあるものの常識知らずだ。そんな2人が働ける場所と言ったらーー。
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