第6話 朝

 そこでクロウは目を覚ました。


「ーーっはあっ、はあっ!」


 ぴーちちち


 遠くから小鳥の鳴き声が聞こえ、剥がれた天井から朝日が差し込む。そこでようやくクロウは落ち着きを取り戻した。


「……夢か」


 あの日の夢を見るのは、もう何度目だろうか。夢を見るたびに自分の弱さを実感して嫌になる。


「ふう」


 汗を拭いながら、半身を起こす。木のベッドが大きく軋んだ。


 周囲を見回す。汚い床には椅子やバケツといった朽ちた家具が転がっており、お世辞にも綺麗とは言えない場所だ。


「えーと確か昨日はレイアさんに弟子入りして、それからこの廃屋に泊まることにしたんだっけ」


 しかしレイアの姿は見えない。一体どこへ?


「ん?」


 ベッドの足元に、不自然に丸まった平絹のブランケットがあった。クロウは何気なしにブランケットを捲る。


 現れたのは美しい小麦色。朝の光を浴びて健康的に輝くそれは、そう、全裸で寝ているレイアだった。


「うわあああ!」


 驚きのあまり、クロウはベッドから転がり落ちた。鈍い音が部屋に響く。


「ふあーー、うるさいのう。何の騒ぎじゃ」


 レイアがまぶたを擦りながら起き上がった。長い真っ赤なストレートヘアが小麦色の肌の上を、さらりと流れる。

 キュッとしまったウエストに、意外と安産型のヒップ。

 そして控えめな双丘の先には薄ピンク色のーーと、そこでようやくクロウは目を閉じた。


「は、はだ、はだかっ!」


「当たり前じゃ。わらわは裸で寝る主義なのじゃ」


「で、でも俺は男だし……」


 そう、クロウは男だ。しかも身内以外の女の裸体など見たことないため、大きく動揺する。


「オスだから何なのじゃ」


「お、女の人は、安易に男の人に裸を見せちゃダメなんですよ! だから早く服を着て下さい」


「ふーん、そうなのか。わかったのじゃ」


 レイアが服を着ているのだろう、ごそごそと衣擦れの音が聞こえる。

 クロウは安心したような、がっかりしたような不思議な気持ちになった。だが、あの薄ピンク色は海馬の重要なところに記録しておこうーー。


「ほれ、終わったぞ」


 クロウは目を開く。レイアは真っ赤なビキニアーマーを身につけていた。


 ……昨日は気が付かなかったが、これはこれで目のやり場に困る。


 ◇


 レイアとクロウの2人は、廃屋から歩いて5分ほどにある湖畔にやってきた。


「早速修行をはじめるのじゃ」


「はい!……しかし昨日ああは言ったものの、俺魔法はほとんど使えないんですよね。魔力もあまりないし」


「なぜ魔法がでてくるのじゃ?」


「だってレイアさん、昨日ブイデさんを吹っ飛ばしていたじゃないですか! あれは風魔法ですか?」


「馬鹿者!わらわは魔法など使っておらぬわ」


「えっ……魔法を使っていないなら、どうやって?」


「もちろん、筋肉じゃ!」


 レイアを見る。

 細い手足に、抱き締めたら折れてしまいそうな身体。どう贔屓目で見ても、筋肉が付いているようには見えない。


 まさか、からかっているのか?


 疑いの眼差しに気が付いたのだろう、レイアはあからさまに不機嫌になった。


「たしかにわらわの身体は細いかもしれぬ。それはわらわの特殊な体質のせいじゃ。鍛えても鍛えてもなぜか筋肉が隆々にならぬ。だが筋力は誰よりも優れているのじゃ」


「は、はぁ」


「む! まだ疑っておるな! 試しにわらわの腹を力一杯殴ってみよ」


 レイアは自身の腹を突き出した。

 無論、6つに割れている訳はない。つるりとした腹に、形の良い縦長の臍。いかにも柔らかそうで、もろそうで。クロウは当然躊躇する。


 そんな様子を見て、レイアはますます不機嫌になった。


「わらわを馬鹿にするのもいい加減にしろ。早く殴るのじゃ」


「で、でも。女の子を殴るのはよくないと……」


「殴れないのなら破門じゃ、破門!」


「……分かりました」


 レイアに気圧され、しぶしぶ拳を強く握る。


「手加減したら許さぬぞ」


「は、はい。では、いきます!」


 クロウは拳を大きく振り上げると、そのままレイアの腹に叩きつけた!


「ーー痛ッ!」


 湖に響いたのは、クロウの悲痛な叫び声。


 結論から言うと、レイアの腹は硬かった。それもちょっとやそっとの硬さではない。例えるなら、そう、オリハルコン。

 普通の金属ではだせないような反発力と凝縮力。まさに金属の王に足りるような硬さだ。


 痛みにのたうち回るクロウを見て、レイアはようやく機嫌を直し、


「どうじゃ? わらわの腹筋は」


「す、すごく硬いです。手の骨が折れるかと思いました」


「当たり前じゃ! ……しかしお前、今のが本気か?」


「はい、本気でしたけど」


「弱過ぎじゃ! その上へっぴり腰だったし。まさかここまで貧弱とは思わなかったのじゃ」


「すいません」


「うーむ、そうなると特訓の内容もおのずと決まってくるのう」


「その内容とは何ですか?」


「それはな……」


 レイアはそこで言葉を切ると、意味深に微笑んだ。クロウはごくりと唾を飲む。


 レイアのように強くなるためだ、きっと地獄のような訓練に違いない。しかしこれも復讐のため。どんな過酷な訓練にも耐えてみせる!


 しかしレイアの口から飛び出したのは、予想外の言葉だった。


「筋トレじゃ!」





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