第3話 出会い
1ヶ月後、レイアは王都から遠く離れたハリマジという町にいた。ハリマジは空気と水が綺麗な、りんご農業が盛んな田舎町だ。勿論、レイアはりんごなど全く興味なく、目的は別にあった。
「ここが冒険者ギルドか……」
レイアはそう呟くとギルドの重い扉を開く。
時刻は夕暮れ前、ギルドはすでに閑散としている。しかしギルドの奥に併設されている酒場はなかなか盛況な様子であった。
木の長テーブルには隙間なく冒険者が座っており、今日の冒険譚を肴に酒を飲んでいる。非力な魔法使いや僧侶といった職業を除いて、ほとんどが筋肉隆々の男性客だ。
おそらく目的の者もここにいるに違いない。レイアは酒場に足を踏み入れる。しかし小太りの男に通せんぼされてしまう。
「お嬢ちゃん、ここにはミルクはないぜ」
「わらわはミルクを求めてここに来たわけではない。『ブイデ』という強きオスを探しているのじゃ」
「何の用か知らねえけど、ブイデ様はお前みたいなお子ちゃまを相手にするほど暇じゃないぜ。とっとと帰りな」
しっし、と手を払う小太りの男。レイアはその手を掴むと、軽く、ほんのすこーしだけ力をこめた。
小太りの男は情けない悲鳴を上げる。
「い、痛い痛い痛い。お、折れる。骨が折れちまうよぉ〜」
「わらわも暇ではない。さっさと教えるのじゃ」
その時、何かが割れるような音が店内に響いた。
音のした方向、店の奥に目を向けると、天井にも届きそうな身長の大男が立っていた。大男の側には、もう1人、取り立て特徴のない男が立っており、なにやら2人は言い争いをしているようだ。
大男はかなりいらいらした様子で、男を怒鳴りつける。
「だから無理だって言っているだろう!」
「そこをなんとか……。俺ができることは何でもします! 荷物持ちでも下働きでも!」
「うるせえ! 酒が不味くなる!」
大男は片手で男の胸ぐらを掴むと、そのまま宙へ放り投げた。
男はレイアの頭上を飛び越え、壁に叩き付けられた。
店内は一瞬静まり返ったが、すぐにわっと騒がしくなった。
「流石、ブイデの旦那だ」
「片手で、しかも大人の男を投げ飛ばすなんて!」
酒場の客は皆口々に大男、ブイデを褒め称える。
レイアは小太りの男から手を離すと、ニヤリと笑う。
「なるほどアイツがブイデか」
レイアはブイデに歩み寄ると、
「おい、お前がブイデか?」
「ああ、そうだが。なんだお前は」
「お前の噂を聞き、はるばるこの地まで参ったのじゃ。さあ、わらわと勝負しろ」
「何をわけのわからないことをーー」
言い終わらないうちに、レイアはブイデの腕を掴んだ。そしてそのまま背負い投げ!
ブイデは壁を突き破り外にまで吹っ飛んでいってしまった。
「うむ、力比べではわらわの圧勝のようじゃな」
唖然とする客を尻目に、レイアはギルドを出る。
ブイデは道の隅に置いてあるゴミ箱に頭を突っ込んで伸びていた。
「なんじゃー、情けないのう。ほら起きろ。勝負はこれからじゃ」
レイアはゴミ箱からブイデを引き抜く。その拍子にブイデは目を覚ました。
「な、なにするんだテメェは!」
「だーかーら勝負しにきたと言ってるのじゃ! ほら、得物は何でもよい。かかってくるのじゃ」
「……後悔するなよ。おい、お前ら!」
ブイデの子分が2人がかりで斧を持って来た。ドラゴンの首を一太刀で撥ねることができそうな位巨大な斧だ。
レイアは素直に関心する。
「ふむ、見事な斧じゃ。手入れも行き届いておる」
「で、お前の武器は何だ?」
「お前程度、素手で十分じゃ」
ブイデのこめかみに血管が浮き立つ。
「……後悔するなよ」
「生まれてこのかた、わらわは後悔などしたことはない。さ、始めるのじゃ」
ブイデはレイアに向かって巨大な斧を振り下ろす。
しかしレイアはひらりとかわす。
「な、何い?」
「ほれほれ、そんな遅い攻撃ではわらわは倒せんぞ」
「くっ!」
ブイデは何回も斧を振りかぶる。その速度は決して遅いものではない。むしろ目には止まらぬ速さ、と言えるだろう。しかしレイアはそれ以上に速く、まるで蝶のようにひらり、ひらりとかわしていく。
「それがお主の本気かの? 退屈過ぎて欠伸がでるのじゃ」
「ふふっ、余裕でいられるのは今のうちだ」
「のじゃ?」
レイアの背が壁にぶつかった。どうやら壁まで追い詰められてしまったらしい。
「逃げ場はもうないぜ、お嬢ちゃん」
「ふむ。ウドの大木と思いきや、きちんと考えて戦っていたか」
「今までの無礼を謝るなら許してやらないことはない」
「断る。お前ごときに下げるほどわらわの頭は軽くないのじゃ」
「後悔はあの世でするんだな!」
ブイデは斧を大きく振りかぶった。
いつの間にやらできていた野次馬達は、レイアの哀れな末路を想像したのか悲鳴を上げる。
しかしーー
「な、なにぃ?」
振り下ろされた斧は、レイアの顔面スレスレの位置で止まった。
なんとレイアは素手で斧を、白羽取りしていた!
「そんな馬鹿な」
「馬鹿はお前じゃ。こんな浅知恵でわらわを倒せるわけないだろ」
レイアが両手に軽く力を込めると、斧は粉々に砕けてしまった。
それを見たブイデはへなへなと腰を抜かし、
「な、何ものだお前……」
「わらわはレイアじゃ。強きオスを探している。勝負を挑むのはお前で21人目じゃ。わらわより強きオスを知らんか?」
「いるかよ、そんなもん……」
ブイデはそう言い残すと、地面に伏してしまった。
「なんじゃ、もう終わりか。まだまだ戦い足りぬな。そうだ、この中でわらわと戦いたい者はおらぬか〜?」
野次馬集団に、レイアは声をかける。
しかし前に出る者はなく、皆口を閉ざしレイアを遠巻きに見ているだけだった。小さな尊敬と、大きな畏怖が混じり合った視線達。
レイアはため息を吐く。またこの目だ。
ハルモニア島からいる時から変わらない、この目。狭い世界を飛び出して、広い世界に来たと言うのにーー。
もうこの地には用がない。また強いオスを探す旅に出よう。
そう思い足を踏み出した瞬間だった。
「待って下さい!」
レイアの目の前に、1人の男が立ちはだかった。
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