第2話 旅立ち

 しばらく空を飛んでいると、巨大な大陸が見えてきた。


「レイアしゃま、降りましゅか?」


「いや、集落を探すのじゃ。人が集まる場所なら強いオスもいるはず」


「なるほど、流石レイアしゃま!」


 翼を羽ばたかせ、大陸を横断するチビ。

 その姿は多数の人間に目撃され、地上では大きな騒ぎになっていた。


「ドラゴンだ!」


「あちらの方角は王都だぞ!まさかあのドラゴンは魔王軍の幹部か?」


 そんなこととは露にも知らず、レイアとチビは王都上空にたどり着いた。


 巨大な城壁に、石畳の街並み。中心にある一際立派な建物は城だろうか?


 アマゾネスの人口はせいぜい千人程度。街というより村と言うのが正解な位の規模だ。


 レイアは思わずため息を吐く。

 これだけ人がいれば、自分より強いオスがいるに違いない。


「チビ、降りるぞ」


「はい! 了解でしゅ」


 その時だ。城壁の大砲から弾丸が飛び出した。

 ひとつではない。何十いや、何百! 大量の弾丸がチビに向かって飛んでくるではないか!


「ふわわわ〜! なんでしゅかこれは〜」


「チビ! 落ち着くのじゃ」


 次々襲いくる弾丸を、ひょいひょいと避けるチビ。しかし多勢に無勢。ついに鳩尾に弾丸を受けてしまう。


「げふっ」


 チビはレイアを背に乗せたまま、垂直落下。そのまま城壁の外にある荒野に墜落した。


「レ、レイアしゃまご無事でしゅか?」


「ああ、怪我はない。チビお前は……」


「うう……チビはもうダメみたいでしゅ」


「ダメじゃ! チビはわらわの下僕じゃろ! これからもわらわらと共に生きるのじゃ!」


「レイアしゃま……今はまでありがとうございました」


 チビの目は徐々に細くなり、ついに目蓋は閉じられてしまった。


「チビーーーー!!」


 レイアの悲痛な咆哮が荒野に響く。


 レイアの脳内にチビとの思い出が走馬灯のように流れていくーー。


 卵から孵った時のこと。

 餌をなかなか食べず苦労したこと。

 初めて空を飛んだ時のこと。

 楽しいことばかりではなかったが、共に過ごした日々はかけがえのないものだっ「すぴーー」


 ……感傷はチビの盛大な寝息にかき消された。


「なんだ、寝ているだけか。そういえば島からずっと飛びっぱなしだったからの。疲れたのだろう……ん?」


 顔を上げると、レイアとチビは集団に取り囲まれていた。

 数は数十人。

 銀色のプレートアーマーを全身に身に纏い、剣を構えている。兜を被っているため、目元しか見えないが皆一応に敵意に満ちていた。


「なんじゃ、なんじゃ?」


 当然レイアは困惑する。すると1人の人間がレイアの前に歩み出た。


「君、危ないからドラゴンから離れなさい」


 それは不思議な人間であった。


 プレートアーマー集団のなかで1人だけ兜を被っていなかった。真紅の外套が印象的だ。


 まあ服装は些細なこと。問題はそれ以外。

 声は低く、背はレイアと頭三つは違う程高い。


 胸は平らで、赤銅色の髪の毛は短く刈られている。


 そしてなによりーー。


「なぜ、顔にカビが生えておるのじゃ?」


 そう、口の周りにもじゃもじゃした赤銅色の何かが生えていたのだ!

 レイアは吹き出すと、


「ぷぷぷ。カビじゃ、カビ! 可笑しいのう。顔を洗った方が良いのではないか?」


「これはカビではない! 髭だっ!」 


「ひげ?」


「そう髭だ。男なら誰でも生えるだろう」


「おとこ?」


 聞き慣れない言葉の連続に、レイアは首を傾げる。


 それにこのカビ人間、レイアの知っている人間像から何から何までかけ離れている。


 まさかーー


「おぬし、『オス』か?」


「オス? ああ、男のことか。いかにも私は男だ。見れば分かるだろう」


「おおーー!! これがオスかぁーー!! もしや、お前の後ろにいる輩も皆オスか?」


「ああ、男だ」


「すごいのじゃ! こんなにオスがいるなんて!」


 レイアは喜びのあまり、その場でピョンピョン飛び跳ねる。


 男は怖い顔で叫ぶ。


「そんなことはどうでもいい! ここから早く離れるんだ!」


「なぜ離れる必要があるのじゃ?」


「ドラゴンがいるからだ! 砲弾で撃ち落とすことはできたが、まだ生きているようだ。目覚めたらここは戦場になる」


「まさかお前たちがチビを撃ったのか?」


「そうだ。だから早く避難をーー」


「許さん!」


 レイアは腰に付いているアイテムボックスから、自分の身長の3倍はあろうかという大剣を取り出し、素早く構えた。

 プレートアーマー集団からどよめきが起きる。前に出ようとする集団を男は冷静に手で制して止めると、


「なんのつもりだ」


「それはわらわの台詞じゃ! わらわ達はただ空を飛んでいただけなのに……。なぜ砲弾を撃った?」


「ドラゴンは危険なモンスター、襲ってきたら倒すのは当然」


「チビは危険なモンスターではないのじゃ! わらわの大切な下僕なのじゃ!」


「何を意味不明なことを言っている。プライドの高いドラゴンが人間に懐くわけないだろ」


「このわからず屋め!」


 レイアは男に向かって大剣を振りかぶる。


 男は素早く抜刀すると、それを受け止める。


 ガキン!


 激しい金属音と共に火花が散る。

 2人は鍔迫り合いになった。


「ほう、わらわの太刀を受け止めるとは。なかなかやるのじゃ」 


「お前、何者だ。見たところアマゾネスのようだが」


「わらわはレイア。アマゾネス女王、レーレーの娘にして次期女王じゃ」


「えっ」


「隙あり!」


 一瞬、男の力が弱まったのをレイアは見逃さなかった。男の剣を受け流すと、レイアは再び大剣を振りかぶる。


 キンキンキン!


 レイアの繰り出す斬撃を、男はなんとか受け流していく。


「ほらほら、さっきまでの威勢はどうしたのじゃ」


「ま、待て待て。まずは話し合いで解決しようじゃないか」


「問答無用! くらえっ」


 大剣から繰り出されるは、強烈ななぎ払い。男ははるか後方に吹っ飛ばされた。


「安心するがよい。峰打ちじゃ。命まではとらぬ」


 プレートアーマー集団から悲鳴が上がる。


「し、信じられない。あの騎士団長が!」


「ええい、臆するな! 我ら王立騎士団、退くことはできぬ! 続けーー!!」


 雄叫びと共にプレートアーマー集団がレイアに襲い掛かってきた。その様相は、まるで銀色の波が押し寄せるようであった。


 しかしレイアは臆するどころか、にやりと笑うと、


「よいぞ、わらわが相手になってやろう」


 ーーそれからは一方的だった。


 突き


 叩き


 撥ね上げ


 吹き飛ばす


 レイアは襲いくるプレートアーマーを次から次へと倒していく。


 真紅のツインテールがひらひら舞う姿は燃え盛る炎のようであった。


「のじゃ?」


 気がつくと荒野に立っているのはレイアだけ。プレートアーマーの集団は皆もれなく地面に伏していた。


「う、嘘じゃ。こんなにオスが弱いなんて!」


 レイアは地面に転がっていたプレートアーマーの胸ぐらを掴むと、


「おい! お前らより強いオスはいないのか?」


「い、いません」


「は? どう言うことじゃ?」


「あなたが最初に倒した人間ーー名をアレス・レッドメイン様と言います。彼がこの世界で1番強いお方です」


「のじゃっ!?」


 どうやらレイアは最強の男を倒してしまったらしい。

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