第1話 試練
バジリスク騒動のあった翌朝、レイアは玉座の間に呼び出された。
「バジリスクを倒したようだな、よくやった」
玉座から見下ろしているのは、アマゾネスの女王。褐色の肌に、長い金髪は一つに纏めている。顔付きはどことなくレイアに似ているようなーーそれもそのはず、彼女はレイアの実母だ。
レイアは跪いたまま顔だけ上げると、
「ありがたき幸せです」
「褒美をやろう。なんでも望みを言え」
「では、女王の座を賭けてのタイマンを所望します」
その瞬間、玉座の間に緊張が走った。
女王護衛兵は剣の柄に手をかけ、女官は息を飲む。
しかし、女王は大声で笑いはじめた。
「ははは、女王の座か。随分と大きくでたものだ」
「わらわは本気です」
「この私に勝てる自信があるのか?」
「ええ、もちろん」
睨み合う2人。
先に目を逸らしたのは女王の方だった。
「……どうやら本気のようだな。だが、お前とは戦えない」
「怖気付きましたか?」
「ぬかせ。お前はまだ次期女王になる資格がないのだ」
「資格がない? わらわに足りぬものなど何も無いはずですが」
「女王になる条件のひとつに、大人であることがあったはずだ」
「……あっ」
レイアはそこでようやく思い出した。女王は大きなため息を吐くと、
「成人の儀式の内容は覚えているか?」
「はい。『自分より強いオスの子供を産むこと』です」
「うむ、その通り。我らアマゾネスは強きオスの遺伝子を取り込み、強く進化してきた。お前も14歳、もう子供が産める年頃。このハルモニア島を出て強きオスを探しに行くのだ」
「しかし女王様。『オス』は図体とプライドだけが大きい、か弱い生き物だと、大人達は言っています! 強い『オス』は存在するのですか?」
レイアの真っ赤な瞳が女王を捕らえる。可愛いらしい顔立ちなのに、その眼光はどんな刃物よりも鋭い。レベルが低い者なら、失禁してしまうだろう。
しかし今回の相手はアマゾネス女王。彼女は眉ひとつ動かさず、
「安心しろ。ごく稀だが強い『オス』は存在する」
「そうですか、それは楽しみです」
「だが、期待しすぎてはいけないぞ。強いと言っても、お前より強いオスは存在しない。お前は強い、強すぎるのだ。それ故、特例を設けることにした。相打ち……いや、無理か。軽傷……少し難しいか。攻撃を受ける……うむ、これだ! 『攻撃を一撃入れることができたオスの子供を産むこと』それがお前の大人になる条件だ……って、あれ?」
跪いていたレイアは、忽然と消えていた。
女王直属護衛隊長のミノが、気まずそうな顔をして前へ出る。
「恐れながら、女王様。レイア様は、女王様のお話をほとんど聞かれず出て行かれました」
「な、なんだと? それはまずい」
女王は玉座から転げ落ちるように降りると、レイアの後を追いかけた。
◇
城を出たレイアは指笛を吹く。
すると巨大なドラゴンが空から降りてきた。
「レイアしゃまーー!! 何か御用でしゅか?」
ドラゴンの『チビ』が舌ったらずに言う。
海のように深い青の鱗を全身に纏い、小動物のようにクリクリの瞳。
チビは5年前に卵から孵して以来、レイアの忠実な下僕だ。
レイアはチビの頭を撫でながら、
「島の外に出るぞ。わらわより強いオスを探しに行くのじゃ」
「外に出ていいんでしゅか!? 嬉しいでしゅ。さあ、レイアしゃま、チビの背中に乗ってくだしゃい」
「うむ」
レイアはチビの背中にひらりと飛び乗った。
「よーし!! レイアしゃま、しっかりつかまっててくだしゃいよ!」
ばっさばっさと、羽ばたきはじめるチビ。
すると女王がなにやら焦った様子で駆け寄ってきた。
「のじゃ? 女王様危ないですよ」
女王はなにやら口をパクパクしている。こちらに向かって何か叫んでいるようだが、チビの羽音がうるさくて聞こえない。
レイアは少し考えると、
「見送り、わざわざありがとうございます」
レイアは右手を振って、女王に答える。
「レイアしゃま、飛びましゅ。舌を噛まないでくだしゃいね!」
凄まじい風圧を受け、レイアは思わず目を閉じる。次に目を開けた時には、青空の中にいた。
レイアはこの瞬間が好きだ。
自分がちっぽけな存在になったようでーー。
「レイアしゃま、見てくだしゃい。ハルモニア島があんなに小さくなりましたよ」
「……本当だな」
「レイアしゃま、なんだか嬉そうでしゅね」
「ん? そうか?」
「はい。いつもはツンツンしているのに、今はニコニコしてましゅ。チビもなんだか嬉しいでしゅ」
レイアは自分の顔を触った。なるほど、口角が少し上がっているようだ。
「ハルモニア島にはわらわより強い人間もモンスターもいなかったからの。外の世界にはわらわより強い人間がいると聞いて、ワクワクしておるのじゃ」
「レイアしゃまより強い人間……? そんなのいるんでしゅかね?」
「チビよ、世界は広いのじゃ。強い人間はごまんといるに違いない」
まだ見ぬ強敵達の姿を想像し、レイアの心臓は早鐘を打ち始めた。
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