脳筋戦姫の勇者育成計画 〜最強の子種を求め、レベル1の村人を鍛えることにしました〜

海老まみれ

プロローグ

 強者は孤独だ。


 例えば、バジリスクというモンスターがいる。

 バジリスクは蛇に似たモンスターだが、樹齢数千年の大樹の如く巨大だ。全身を覆う鱗は鋼鉄のように硬く、聖剣の刃さえも通さない。 


 さらに厄介なことに、バジリスクは全身のあらゆる場所に猛毒を持っていた。牙はもちろん鱗に血液、そして呼吸にも毒が含まれ、低レベルの者なら近付いただけで死んでしまうだろう。


 弱いモンスター達は彼の気配を感じただけで逃げ出し、最強と謳われるドラゴンでさえ彼を避ける。


 その功績を讃えられ、いつしか彼は魔王軍四天王に数えられるようになった。


 バジリスクの周囲にはアリ一匹近寄らないーーまさに強さ故の孤独。

 寂しさはない。誇り高いと思っていた。ただ少し、ほんの少しだが退屈していた。強い敵と戦いたい。自分の全力を出したい。そんな感情がバジリスクの中で燻っていた。


 そんなある日のこと。

 バジリスクはハルモニア島にいた。


 ハルモニア島は南の海に浮かぶ孤島で、島全体がジャングルに覆われている。島には女だけで構成された戦闘民族、アマゾネスが住んでいた。

 魔王の命令により、バジリスクはアマゾネスを根絶やしに来たのだ。


「ふははは! この程度か!」


 バジリスクの声がアマゾネスの砦に響くーー。

 いや、もはや砦と呼べないだろう。城壁はボロボロに打ち砕かれ、あちこちで火の手が上がっていた。バジリスクとの戦闘に敗れた何十人というアマゾネスが、折り重なるように地面に倒れている。


「ま、まだだ。我らはまだ負けていない!」


 1人のアマゾネスが剣を杖代わりにして、ヨロヨロと立ち上がった。屈強なアマゾネスの中でも一際筋肉隆々な女、たしか女王直属護衛隊長の名前はミノとか名乗っていたか。


「ほう、そんなボロボロでまだ勝つ気でいるのか?」


「お前なんてレイア様の足元にも及ばない!」


 ミノはそう言い残すと、再び地面に伏してしまった。


 レイアという名前には覚えがあった。魔王に『必ず殺せ』と命じられた要注意人物だ。


「わらわが留守にしている間にずいぶん暴れてくれたのう」


 バジリスクのすぐ背後で、鈴を鳴らすような女の声がした。


 ーー馬鹿な、気配などなかったぞ! まさか、あの『レイア』か?


 期待に胸を膨らませながら、バジリスクはゆっくりと振り返る。


「は?」


 バジリスクは悪い意味で驚く。

 目の前に立っていた人物が、とても強そうには見えなかったからだ。


 少女だ。


 歳の頃は13、4といったところか。褐色の肌に、炎のように真紅の長髪は頭の高い位置でツインテール。目鼻立ちがはっきりしており、なかなかの美少女だ。


 いや、顔は関係ない。問題は体型だ。

 アマゾネスは判で押したように大柄で筋肉質だ。しかしこの少女はどうだろう。

 身長は低く、真っ赤なビキニアーマーに包まれた肉体は骨が浮いて見えるほど細い。 


 バジリスクは確信した。

 この少女は『レイア』ではない、と。

 逃げ遅れた子供だろう。『アマゾネスを根絶やしにしろ』というのが魔王からの命令だ。例え年端の行かない少女であったとしても生かしてはおけない。


 バジリスクは大きく息を吸うと、一気に吐き出した。


『ポイズン・ブレス』


 広範囲に毒霧を発生させる魔法だ。レベルの低い者なら、ほんの少し吸っただけで死んでしまう。哀れ少女は数秒の命だ。


 しかしーー


「な、なぜ倒れぬ!」


 たっぷり30秒待ったが、少女は倒れなかった。それどころか、


「すーはー、すーはー」


「深呼吸しているだと!?」


「うむ、今日も空気が美味いのじゃ」


 バジリスクは驚愕した。毒を喰らっても立ってられるとは、もしやーー


「お前がレイアか」


「そうじゃ。わらわの名はレイア。アマゾネス女王、レーレーの娘にして次期女王じゃ」


 仁王立ちし、白い八重歯を輝かせながら不敵に笑うレイア。

 一方のバジリスクも、舌をチロチロ出して笑う。


「……どうやら久しぶりに本気で戦えそうだ」


「ふむ。おぬしでは、わらわの相手は役不足と思うが」


「ほざけ!」


 とは言うものの、バジリスクは少し焦っていた。自分の毒が全く効かない相手は初めてだ。


 ーーと、その時である。

 レイアの姿が忽然と消えた。


「なっ、どこへ行った?」


 周囲をキョロキョロと見回す、バジリスク。


「こっちじゃ」


「!?」


 すぐ目の前に笑顔のレイアがいた。


 あまりの早さにバジリスクは反応できない。レイアの右拳がこめかみに振り下ろされる。小さな拳とは不釣り合いなほど大きな痛み。バジリスクはなんとか悲鳴を飲み込んだ。

 一方レイアは自身の右手をじっと見つめながら、


「硬いのじゃ」


「ふふ、そうだろう。聖剣でさえ我の身体に傷ひとつ「のじゃっ!!」


 今度はバジリスクの胸の辺りに、鈍痛が走った。


「むう、ここも硬いのじゃ」


「だから言っているだろう!聖剣でさ「のじゃ!のじゃ!」


 バジリスクの頭に、胸に、腹に、尻尾に数十、いや数百発の拳が容赦なく叩き付けられる。


「どこも硬いのじゃ」


「ハアハア、だ、だから、聖剣でさえ、我が身体には傷ひとつつけられぬ」


「なんじゃ、そうなのか。早く言えばいいものを」


「さっきからずーっと言っておるわ!!」


「ふむ……それは少し困ったのじゃ。どうやって倒そうかの」


「無駄だ。我に弱点はない!」


 レイアは黙り込み、俯いてしまった。哀れにもその小さな体は小刻みに震えている。表情は見えないが、きっと顔は恐怖に歪んでいるに違いない。


 バジリスクは勝ちを確信した。

 やはり最強はこのバジリスク!

 そう思うと、自然と笑みが溢れてきてーー


「……くくく、ハーッハッハッハ!!」


 アマゾネスの砦に、笑い声が反響する。しかしその声はバジリスクのものではなかった。

 甲高い、少女の声。そう、レイアの笑い声だ。


 呆気に取られるバジリスク。

 しかしすぐに我にかえり、


「なにがおかしい! 恐怖のあまり狂ったか?」


「うぷぷ、狂ってなどおらぬわ。勝ち誇っているお前の顔が可笑しくてな。なーにが『我に弱点はない』じゃ。わははは!」


「我を馬鹿にするなっ!」


 冷血動物でなければ全身の血が沸騰していただろうーーそれくらい怒ったバジリスクは、レイアに飛びかかる。

 しかしレイアはそれをひょいと避けると、欠伸をひとつ。


「ふあー、遅いのじゃ」


「くっ、ちょこまかと……」


「悔しかったらわらわを捕まえてみるのじゃ。ばーか、ばーか」


「殺す!!」


 こうしてバジリスクとレイアの鬼ごっこが始まった。

 バジリスクが飛びかかり、レイアはすんでのところで避ける。それを何百回も繰り返した結果ーー


「う、動けぬ!!」


 バジリスクの長い、長い蛇の身体は何重にも絡まり、ついには身動きが取れなくなってしまった。その姿ときたら、まるで大きな鞠のようで。


 レイアはにやりと笑うと、


「ふむ、ずいぶんと蹴りやすそうじゃの」


「ま、まさか……」


 そのまさかだった。

 レイアはゆっくりと右足を振りかぶると、目にも止まらぬ速さでバジリスクを蹴り飛ばした。


「ぺにょわっ!」


 口から情けない声を漏らしながら、バジリスクは上空に打ち上げられる。


 羽ばたく鳥を追い越し、雲を突き抜け、酸素が薄くなっていきーー


 バジリスクの意識は途絶え、ついに戻ることはなかった。


 ◇


 バジリスクが空の彼方に消えるのを見届けると、レイアは大きなため息をひとつ。


「やれやれ、期待したのだがこの程度とは」


 レイアは心底がっかりした。


「う、うう…」


 砦のあちらこちらでうめき声が上がる。バジリスクが去り毒霧が晴れたおかげだろう、地面に転がっていたアマゾネス達が目を覚まし始めた。

 アマゾネス達はしばらく目をパチパチさせていたが、無傷のレイアを見て歓声を上げた。


「流石、レイア様でございます」


「次期女王として相応しい!」


「レイア様を見習い、研鑽を磨きます」


 しかしレイアには何ひとつ響かない。


 いつからだろうか。

 賞賛の言葉が耳障りな雑音にしか聞こえなくなったのは。

 いつからだろうか。

 尊敬に輝く眼差しを真っ直ぐ見れなくなったのは。


 こんなにもたくさんの人に囲まれているのに、レイアはひとりぼっちだった。



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