第2話 新しい朝

僕は眠るのが嫌いだった。いや。嫌いと言うよりも怖いと言った方が正しいのかもしれない。

 眠ったまま目が覚める事がないのではないか?あるいは僕とは違う全くの別人として目覚めてしまうのではないだろうか?そんな恐怖が頭の中をグルグルと駆け回っていく。

 立っているのか横たわっているのか、フワフワと浮かんでいるのかズブズブと沈んで行ってしまっているのかも理解出来ない深い闇の中、無限にも近い時間の中を漂いながらただひたすら朝が来るのを待っていた。

 いつからだろうか?ちゃんと眠れなくなってしまったのは。

 眠るという行為は死を連想させる。最も死に近い形をしていると思っている。

 そういえば刺された傷口はどうなったのだろうか?思い出した様に腹部へと目をやった。

 傷口からはドクドクと脈を打つ様に赤い液体が噴き出していて、それが真っ暗な闇の中に流れ出し、真っ黒な空間に不気味な彩りを与えていた。これだけ出血しているにも関わらず、不思議な事に痛みは全く感じなかった。

 永遠の闇をただただ漂う。これが死ぬという事なのであれば案外大したことはない。もしかしたら死とは、物凄く退屈な時間を永遠と過ごすだけなのかもしれない。

 誰かが言った。死とは誰にでも平等にやってくる。だが僕はそうは思わない。

 例えば、生きる事に絶望し死のうと思って死んだ人間と、一生懸命に毎日を生き、明日に希望を抱えていたにも関わらず不幸な事故で死んだ人間の命が平等だとは思わない。平等であっていいはずがない。

 分かっている。それは命の価値の話だ。ではその命に価値を付けているのは誰だ?人間だ。他の人間達がその人を評価し価値を付けている。

 僕の命にはどれだけの価値があったのだろうか?その答えを教えてくれる人はいない。所詮僕は大量にある葉っぱの一枚にすぎない。僕がこうして闇の中を漂っている間にも世界は何も変わらず回り続けている。誰一人として僕がいなくなった事に気付かない。それでも世界は何事もなかったかの様に続いて行く……意味を持たない命。それが僕の価値だったのだろうか……嫌だ……死にたくない……こんな意味の無い終わり方は嫌だ。

 まるで子供の様にジタバタともがきながら、どこかにあるかもしれない光を探した。

「……意味の無い命だと自覚したのならさっさと死ねばいいのに。みっともない」

 どこからか声が聞こえてくる。聞き覚えのある様な無い様な不思議な声。それがどこからか僕に語りかけてきた。

 周りを見渡してみると、僕の腹部から溢れ出していた血液が真っ暗な闇を人の輪郭をなぞる様に囲っていく。

「……いっその事。俺が殺してやろうか?」

 真っ赤な輪郭を模られた人型のそれがニヤニヤと白い歯を剥き出しにして話しかけてきた。

 僕はゆっくりと首を横に振り、聞こえるか聞こえてないか分からないくらいの小さい声で呟いた。

「……明日を生きたいだけなんだ」

 そう言うと真っ赤な輪郭の人型はケタケタと笑い声を上げると声を低くして言った。

「無駄だよ。お前はもう死んでるんだから。お前に明日なんかやって来ないんだよ。理解したくないだけなんだろ?」

 そう言い終わると、遠くから耳障りな雑音が聞こえてくる。とても不快な音だ。この真っ暗闇の世界から僕を消し去る様に、光の奔流に攫われながらもその不快な音は鳴り響き続けた。

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