小さな幕間
第44話 可愛らしい怪異 前編
日本の大学の夏休みが終わって、新学期突入となる。まだ暑い日が続く。それでもマシにはなっている。また、現実もゲームも、イベントが盛りだくさんのシーズンを迎えていた。警備員の仕事もイベント関連のものばかりだった。ある日のこと。
「げぇ。これ買い出しいるな」
仕事が終わって、事務所に戻った時に降矢さんと目が合ってしまう。
「良かった。井上。加茂と一緒に買い物してくれ。この財布から出して、領収書を貰ってきてね」
良い笑顔で買い物リストと長財布を渡されて、押し付けられた。拒否権はない。加茂さんと一緒に、八王子駅のビルで買い出しをすることになってしまった。
「イベントやってますね」
秋に関するイベントはまだやっていない。名物フェスだったり、駅の置き忘れの売り出しだったり、興味深いものばかりだ。今回は事務用品の買い出しなので、スルーすることになるが。
「これで最後ですね」
欲しい物がないという事態に遭わず、全てを買うことが出来た。あとは事務所に戻るだけとなった。
「井上」
「え」
歩いている途中、私は加茂さんに手首を掴まれる。やった本人は周囲を警戒している。周辺の人が怯えているので、睨んでいるような顔になっているだろう。見えたからこそ、警戒をしていると思い、質問をしてみる。
「……何か見たんですか」
「怪異が起こる」
怪異。異能力が暴走したり、霊電子の量の急激な変化があったりした時に起こる現象だ。大規模なものだとロシアの森にクレーターが出来たこともある。
「うわ!」
目の前が真っ暗になった。停電になったという感じではない。灯るような音が何度も聞こえ、周りが明るくなる。鬼火に近い。私達の目の前には可愛らしい白い狐二匹がいる。神社にいてもおかしくない見た目をしていた。
「加茂さん、これ本当に怪異なんですか?」
想像する怪異は恐怖や破壊だ。規模によったら、千人以上の死人が出てもおかしくない。それを知ってるから、加茂さんの発言を疑ってしまう。加茂さんはしゃがんで、狐を撫で始める。少しずるい。
「ああ。怪異と言っても、子供も起こすことが出来る。余程の悪い奴じゃない限り、悪戯程度でしかないだろう。それに」
「それに?」
「小規模の場合は解放条件やタイムリミットがある」
「……普通は大規模な方が制約厳しくなるんじゃ」
「少年漫画の読み過ぎだ」
痛いところを突かれた。
「お前達に聞く。怪異を発生させた本人か」
加茂さんは私を放置して、狐二匹に訊ねた。
「それは違うよ。僕達は案内役さ。でもVチューバ―みたいに映像で見せてるから、本体は別の所にいるよ」
「私達はあるお方から頼まれた、キューピッド」
「怪異は摩訶不思議なことを起こさせるいい機会」
「怪異というトラブルを起こさせて、人間模様を見たいんだ」
声は似たような女の子の声だ。聞き分けが出来ない。そして恐らくは世界一下らない理由で怪異を発生させているような気がしなくもない。その証拠に今まで見たことのないぐらい、加茂さんの機嫌が悪くなっている。
「主犯を教えろ」
怒気を含んだ加茂さんの声に狐たちは怯える。苛立つ気持ちは分からなくもないが、流石にやり過ぎではないか。
「加茂さん」
声をかけたら、加茂さんは今の心情を理解したみたいだ。あの感じだと無意識に出てしまったのだろう。
「怖がらせてしまったな。すまない。だが人を巻き沿いにする怪異を作ることを許してはいない」
キツネ達は私のところに逃げて来た。加茂さんが謝ったとはいえ、まだ怖いと思っているのかもしれない。
「ねえ。怪異を解除するにはどうしたらいいのかな」
今度は私から優しく質問をしてみる。ついでに触る。ふわふわしていて、毛並みが良い。映像だと言っているが、ライトノベルのようなVRゲームの理想形に近い。最高だと思っていたら、加茂さんに手首を掴まれた。地味に痛い。
「お前に何かあったらどうする」
加茂さんに注意されたが、理不尽すぎる。そういうわけでクレームを言ってやる。
「いやそんなこと言ったら、加茂さんガッツリと触ってたんですけど!」
「怪異の性質を見極めるためにやっただけだ。お前と目的が違う」
いつもなら冷静に言っているはずなのに、今日の加茂さんはムキになっている。というか、こういうキャラだったかと疑いたくなる。たまに子供のように蹴ったりするが、親しい関係の人限定のはずだ。職場の先輩後輩の関係だと、基本そういう態度は取らないと思っていた。
「短期留学で巻き込まれたことを忘れているわけではないだろ」
「そりゃあそうですけど」
何となく理解した。だいぶ前になったとはいえ、短期留学で誘拐されていた。遠い日本で報告を聞いて、帰国してからしばらく守ると言われたことを思い出す。後輩思いの良い先輩だ。しかし……以前よりだいぶ重くなっているように感じる。一時的なものだと思うが。
「……お姉ちゃんとお兄ちゃん、付き合ってるの?」
狐からぶっ飛んだ質問が来ちゃった。付き合っているわけではないので、否定をする必要がある。
「付き合ってないよ。バイトの先輩後輩ってだけ」
答えてみたはいいものの、狐は納得していない模様だ。
「それでさっきのことなんだけど、解除するにはどうすればいいのかな」
とりあえず私と加茂さんがやることは決まっている。怪異から抜け出して、事務所に戻ることだ。可能なら、誤解を解いていきたい。
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