第43話 事件から二日後

 事件があって二日後。在宅休暇を経て、私は富脇君と買い物をしている。表向きは互いのバイトの職場で被らないようにするためだ。


「俺はキャンディーにする。彼奴もそれを望んでるからな」

「メーカー指定とか、ガチ勢じゃん」

「かもな。高校時代、アメリカに留学してたし」


 スーパーや土産の店で喋りながら、お土産を買っていく。今日も気持ちのいい晴れで、歩くだけでも楽しい。とはいえ、ずっと歩いたら疲れるので、海を眺めて休憩をする。カモメが飛んで、ヨットがどこかに行き、海は日差しで照らされて、とても眩しい。


「あれから気分はどうなんだ」


 富脇君の質問の意図が分からない。


「あれからって」

「誘拐事件で色々とあっただろ。珍行動しまくってた印象しかねえけど」


 未だに心配をしていたみたいだ。まだ連れ去られただけで、何もされていない。他の被害者よりマシなのだ。


「大丈夫だって。仕返しできて、すっきりしたし」


 男だけが持つ弱点を突いたあの攻撃。本当に我ながらよくやったと思っている。富脇君を見ると、顔が少し青ざめていた。本当にごめん。


「あー……あの容赦ない攻撃。男の俺がいる前でそれは止めてくれよ? 一瞬、自分の大丈夫か確認しそうになったから」

「ごめん。あの時はマジで時間なかったし、許して」


 時間がなかった。もう少し準備できる時間があれば、やり方が変わっていた可能性もあった。


「無茶すんなよ」


 頭を撫でられた。イケメンはいつだってずるい。ただし、それは一瞬で終わった。富脇君は後ろを見て、警戒をしている。


「誰かいるな」


 富脇君は深呼吸をする。


「出て来いよ。隠れていることぐらい、分かってるからな」


 日本語から英語に切り替えた。やや棘が入っているように思える。木の影から誰かが出てくる。あの金髪の青年はサミュエルさんだ。


「サミュエルさん!?」

「やあ。ひかり。彼氏とのデート、邪魔するわけにはいかなかったから、こっそりと見てました。本当にごめん」


 最後が弱弱しかった。富脇君が噴き出した。


「謝らなくっていいですよ。ついでに言いますけど、日本にガールフレンドがいるから、デートじゃないです」


 サミュエルさんは目を丸くする。


「でも買い物してるじゃないか」

「彼女とバイト先が同じで、被るわけにはいきませんから」


 真相を知った彼が崩れ落ちた。


「そうだったんだぁ」


 サミュエルさんがホッとしている。富脇君は彼に近付いて、しゃがんで耳打ちする。サミュエルさんの顔が赤くなり、両手を振っている。富脇君とやり取りしているが、聞くことが出来ない。


「あの」


 話が終わったのか、サミュエルさんは立ち上がって、肩下げバッグから何かを出した。それを私に渡してくる。本だ。紙のカバーで表紙が分からないが、間違いなく本だ。


「これ。アメリカの小説家が書いた本。英語だから読みづらいかもだけど。日本のオタクを紹介してくれたお礼にあげます。いつ会えるのか分からないから、焦っちゃったけど……渡せて良かった」


 日本のオタクは漫研の柳生さんだろう。紹介をしてみたが、選択は正解だったようだ。


「ありがたくいただきます」


 本を手提げの鞄の中に入れる。終わったと同時に、サミュエルさんに引き寄せられた。優しく抱かれていた。


「明日からニューヨークに行くから、どうなるのかなって焦った。お礼が出来て良かった。ひかり。また会う機会があったらよろしく」


 そういうことかと理解した。私が日本に戻るよりも早く、自分がこの島から離れる。早く言いたいと、ずっと探して、ようやく見つけたら……異性の富脇君との買い物だった。複雑な気持ちになったから、こっそり付いて来ちゃったのだろう。思わず笑ってしまう。私だって、世話になった身だから余計に。


「こっちも色々とお世話になりました。気を付けて」

「うん」


 カルフォルニア州の気候と違って、少し湿ったようなやり取りになった。富脇君に茶化されたので……とりあえず加茂さんみたいに脛を蹴っておいた。その三日後に短期留学が終わり、ホストファミリーに見送られ、日本に戻った。メールやSNSの時代なので、着いたら日本の写真を送りたいところだ。

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