第42話 女性警察官から聞く
富脇君と二人きりで話した後、私は女性警察官から色々と聞いた。ルージュ・ヴァン ピールは古くからあるマフィアらしく、アダム・マーティンは十二代目らしい。最近は異能力を有する人を積極的に拉致して、洗脳をして兵士にさせることに専念している。マフィア同士の争いではどのぐらい強い異能力者を有しているかで左右されるからだそうだ。
「そうなると被害者の全員が異能を持っていると」
「ええ。そうです」
警官が肯定した通り、誘拐事件の被害者全員が異能を持っていた。警察官は続けて言う。
「タチが悪いですよ。異能力を有する方は立場が弱くなりやすく、自己肯定感が低いことが多い。アダム・マーティンは自らの異能だけではなく、様々なテクや彼女達の精神状態を利用して、自然な誘いで丸め込んでいたのです」
自己肯定感を知っているわけではない。誰よりも悪い方向に行きやすいことを理解しているだけだ。
「強硬で仕掛けた被害者は恐らくあなたぐらいかと」
女性警官は呟くように言った。大学の正門近くで誘拐という大胆なものは、本当に強硬手段だったのだろう。
「アダム・マーティンから尋問をしています。まだ始めたばかりですので、事件の全貌は明らかにするまで時間がかかるでしょう。いえ。多少は推測できるのですが、証拠がない以上、断定は出来ない……というのがFBIの発言です」
砂糖を入れて、かき混ぜた女性警官はコーヒーを飲む。
「あなたは違う意味でアダム・マーティンに好まれてしまったのではと、FBIの女性の方が哀れんでおられました」
言いたいことは分かる。しかし私の考察が合っているとも限らない。というか、合って欲しくない。
「もうちょっと具体的に」
「大胆なところ。お茶の誘いを拒否したところ。笑っているところ。そういったところが今までの被害者と異なっていました。違うところがあって、欲しくなったのでしょう。或いはガチで恋しちゃったか」
「それはないと思います」
無意識に冷たい声を出してしまった。女性警官は動じていなかった。
「奇妙だと思っても現実で起きてたりしますからねぇ。犯罪者に恋をする。殺そうとして、恋をしてしまったからこそ、逮捕されるなんてこともあります。どこか甘い犯罪者だって存在する。アダム・マーティンはそういったタイプでした」
「はあ……」
犯罪者という人は本当に様々らしい。
「いえ。犯罪者というより、経営者に近いタイプでした。適した部門に配置させてたみたいですし、被害者とはいえ、帰りたくないと言っている人がいたぐらいでしたから」
「なんでその人、マフィアに」
余計に人物像が分からなくなる。
「生まれというものに逆らえないからでしょうね。ああ。そういえば伝言がありました」
「え」
「兄に気を付けろと。確実に狙ってくると言ってました」
アダム・マーティンに兄貴がいるようだ。しかも狙ってくるという伝言は物騒である。
「兄であるテオドール・マーティンはノワール・ヴァンピールのリーダーです。ルージュ・ヴァンピールは兄の配下に等しかったと言ってもいいでしょう。情報は恐らく手にしていて、あなたをターゲットにしてもおかしくないと。本拠地その他諸々を考えると、可能性は低いでしょうけど」
敵対組織。金銭管理。その他にもマフィアはやることがいっぱいだ。大規模であればあるほど、動きが遅くなる。永遠に来ないことを祈りたいが、念のため覚えておく。
「頭に入れておきます」
そう言えば、分からない所がもうひとつあった。
「あの。ここにいる警察官が笑いをこらえているというか、温かく見られているような、そういうものがあるのですけど……何故でしょうか。富脇君、ちょっと落ち込んでいるみたいですし」
女性警官は下を向いて、堪えていた。警察官は小さく答える。
「キスをしたのよ」
聞き間違いだろうか。確認のため、尋ねる。
「今なんて」
「キスをしたの。唇と唇が触れ合うぐらいだけども」
勝手に頬が熱くなる。
「アダム・マーティンがあなたにキスしている可能性を考慮して、上書きする目的で。彼女が積極的にやれと言い、ミスター富脇は躊躇している様子はとても面白かったですよ」
彼女は誰のことを指すのか。少なくとも身内だろう。
「妹さんとかそっちですかね」
「いえ。ガールフレンドです」
予想外の発言に私は噴き出す。一般的にそれは浮気だ。
「ちょ!? それ良いんですか!?」
「問題ないみたいですよ。先ほど言ったように、積極的でしたし」
富脇君のプライベートを少し知ったようで、余計に分からなくなった。
「何はともあれ。ミスター富脇にお礼を言うように」
「ええ。分かってます」
痛いほど理解していた。今回は富脇君がいなかったら、無事に帰ることが出来なかった。何かをする必要があるのかもしれない。ついでに富脇君の彼女さんも気になるので、話しておきたい。
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