第40話 復讐してやったぜ

 空が暗くなった。皆は何をしているのだろうかと思いながら、鼻歌をする。正直動きたい。しかし今回の異能力者と相性が悪い。待つしかないという現実をそう簡単に受け入れられるほど、暇というものに強くない。


「井上」


 考え事をしていたら、富脇君が急に現れた。外から空間転移で来たことぐらい、理解しているのだが、悲鳴をあげてしまうものだ。


「うわあああ!?」


 ホラーゲームで不意打ちの幽霊が現れた時の声と変わらない。いつも以上に野太い声で、出した後に頬が熱くなった。


「お前がいきなりデカい声出すな。急にこっちに転移して悪かったな」


 右手を掴まれて、私は富脇君の胸に抱き着く形になる。


「ずっと待たせて悪かったな。怖かったろ」


 いつもよりも優しい声だ。一般的な反応として、怖かったと涙が出てくるはずだが、私はそういった心情が生まれていなかった。何かを他人にぶつけたい。そういう攻撃的なもので埋め尽くされている。


「空気ぶち壊すけど……そういうのはなかった。ごめん」


 謝罪の気持ちが一切ないため、申し訳なさがゼロになってしまった。


「だろうな。変なの歌うぐらいの余裕はあるし」


 富脇君が笑う。ああそうだと私は思い出す。知りたいことがいくつもある。ひとつずつ。優先順位の高い方から聞いていく。


「どういう状況になってる」

「ある程度は収まってるよ。行方不明になった子の保護が終わって、あとはお前だけになった」


 私はホッとするように、息を吐く。


「問題は全て解決したわけじゃないんだ。マフィアのボスのアダム・マーティンがどこかに向かっている。誰もがすぐ分かったよ。お前のとこに行くってな」


 口元が歪む。不気味なぐらいに口角が上がっていく。感情が高ぶる。


「そっか。なら……殴れる機会があるってことだよね」


 からくり屋敷のような特殊な建物じゃない限り、奴が現れるところはドアしかない。距離さえ取っておけば、ヘマするようなことはない。また、今回は近くに富脇君がいる。フォローぐらいはしてもらえる。


「殴るのは流石にきついだろ。接近戦に……いや結界で殴れるんだったな」

「だからちょっと隙を作ってもらえると助かるかな」


 富脇君は盛大にため息を吐いた。


「マジで大胆だよな」


 そわそわとする。経験上分かってしまう。これは褒め言葉であると。


「ゲーマーとしては必要な素質だからね。ここで仕留めればいいんだよね。で。あとは警察に渡すって感じ?」


テンションが上がって、声が高くなっていることが自分でも分かってしまう。逆に富脇君の声は低くなっている。


「そうだ」


 このままだと互いに顔合わせが出来ないし、私のやりたいことが達成できない。それは終止符を打つことができないことと同じだ。結界を解いた。全てを終わらせる。


「無理するなよ」


 富脇君の冷静な声に、私も冷静に返す。


「分かってる」


 私と富脇君は無言でドアを睨みつける。ヒールブーツの音が鳴り響く。ここにいると誇示している。自意識過剰を示しているのか。カッコつけか。それは私も分からない。


「やあ。入るよ」


 ノックをしたマフィアのボスはドアノブを回して、中に入って来た。いつもの優雅で余裕のある、アルビノの男ではない。怪我をしているわけではないが、警察が駆けつけたことが大きいだろう。


「邪魔な奴がいるね。なら最初はそいつを排除しないといけないねぇ」


 奴は銀色の拳銃を出してきた。リスクが大きい行為をする選択を取ってしまうぐらい、余裕を失っている。熱で冷静さがない。私とは大違いだ。


「へえ。そんなハイリスクなことをやっちゃうんだぁ」


 他人を煽るような声を出してみる。どこまで演じることが出来るかは分からないが、全力でやるしかない。


「それはこちらの台詞さ。ひかり。防御を解いた時点で負けてるんだからね」


 マフィアのボスはまだ冷静に返していた。


「タイマンなら負けてただろうね。これでも私は女なわけだし」


 ちらりと富脇君を見る。ポケットから何かを出している。プラスチック製の水鉄砲だ。カルフォルニア州……というか、マフィアの巣窟でそれは場違い過ぎるのではないか。


「井上、ストップ」


 とりあえず富脇君の指示に従う。考えても何も出てこない。


「アダム・マーティン。どう足掻いても、お前は警察に負ける。だからちょっとしたゲームをしようぜ」


 まさかの展開だ。


「俺は水鉄砲を使う。お前は拳銃を使う。俺の勝利条件はお前が全身びしょ濡れになること。お前の勝利条件は俺を撃つこと。避けて動くのもよし。隠れて撃つのもよし。それでいいか」

「ああ。だがひかりを使わないでくれ。あれは固すぎてゲームにならない」

「心配すんな。俺のサポートをするほど、野暮な人じゃねえよ。な?」


 男同士で勝手に決めないでもらいたい。そう思いながらも、権限を持っているわけではない。頷くしかできない。今のところは。


「どうぞ。ご勝手に」


 呆れた声を出しておいて、アダム・マーティンを見る。拳銃を扱える力量があるかどうか。それは私も分からない。股が大きく開いているかどうかが大事だ。撃ちやすいように、両足が開いている。これならいける。


「合図はこれでいいかな。床に落ちたら、ゲームスタートということでいいかな?」


 アダム・マーティンは金色のコインを見せる。


「ああ」


 富脇君から同意を得たため、奴は金色のコインを親指で弾いて、落とす。こっそりと結界の準備をする。コインがゆっくりと落ちる。三。二。一。


「な!?」


 互いの銃が入れ替わった。アダム・マーティンは水鉄砲。富脇君は実弾を撃てる拳銃。富脇君がやったとすぐ分かった。空間転移はこういうトリッキーなことが出来る。アニメみたいで面白い。実弾は奴の頬を掠って、壁にめり込む。水によって、床がびしょびしょになる。


「くそ!」


今の内に結界を伸ばして、奴のあそこを狙う。よし。見事にヒットした。


「〇△×~」


 あまりの痛さに、アダム・マーティンは声にならない悲鳴を出した。耐えきれないのか、床に転がって、ばたばたと暴れ始める。何て情けない。いや。私がやったことなのだが。


「ざまあみやがれ!」


 言葉が汚くなる。無様な最低な男を見て、すっきりする。怒りというものが少しずつなくなっていく。この変化で何となく分かってしまった。これが「ざまあ系」なのだと。


「とりあえず……縛っておくよ」


 富脇君は静かに奴を縄で縛った。これで終わった。残りがどうなるか不明だが、ようやく安心して過ごせるだろう。

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