第37話 甘い誘惑に晒されて

 バスケの試合は楽しかった。経験の数は少ないが、サポートは出来た。シュートさえ改善できればイケるよと、バスケ慣れしている人に褒められたことも大きいだろう。ユートンさんに連絡を入れて、正門近くで待つ。私と似たように、誰かと待ち合わせをしている茶髪の女性がいる。へそ出しのシャツに丈の短いタイトなスカート。長い足を見せつけているファッションだ。何故か彼女が近づいてきた。


「あなたが噂の日本人留学生ね!」


 目が輝いていらっしゃる。そして、ハイテンションだ。私は思わず後退りをしてしまう。何も見ていなかったからか、誰かとぶつかってしまう。ふわりと漂う、香水で付けたような甘い香りがする。良い香りのものだ。いやこれはマズイだろうと、数秒で現実の問題を見る。誰かは不明だが、ぶつかっている。これが事実だ。


「あ。ごめんなさい」


 謝って離れようとする。しかしそうさせてもらえなかった。白い手袋をした左手で私の口を塞ぎ、耳元で囁いてくる。


「平気だよ。とにかく俺に付いて来て。いいね」


 その声は心地の良いものだった。快楽に誘うようなもので、警戒という名の鎧が砕ける。それでもまだ残っている。スマホで知らせないといけないと、何かを探す仕草をする。右手に誰かの手が重なる。安心させるように、優しく溶かされる。


「大丈夫だよ。俺がいるから。後で帰してあげるから。今は付いて来て」


 指が絡まって、何処かに引っ張られる。ようやくぶつかった誰かの姿が見えるようになる。黒いシャツに白いズボンの、ホストを思わせるようなアルビノの男。ゆっくりと歩いて、黒い車の近くまで行く。待ち合わせをしている。マズイと思って、両足で踏ん張って、止まろうとする。日本人だからとかそういうものではない。友人として。世話になっているからこそ。そういう理由だ。男は苦笑いをしていた。絵になる。


「流石に強いなぁ。これでも食べて……ね?」


 アメリカらしい、蛍光色の赤色の粒が口に入る。素直に噛み砕く。その間にそっと押されて、私は車の中に入ってしまう。給料何か月分どころか、数年単位のものだと思われる。座席がソファーに似ているし、座り心地が良い。隣に座ったアルビノの男は微笑む。


「水を飲んで」


 水が入っているペットボトルを受け取って、砕いたものを喉に通す。甘くて酸っぱいものが口の中に広がる。もう一度飲む。バスケをやっていたからという理由がある。


「返します」

「うん。おいで」


 手招きされたので、私は男に近付く。そっと抱きしめられ、良い香りが鼻に届く。彼自身の温かみが肌に届いて、気持ちのいいものだ。


「良い子だ」


 ずっとこのままでいたい。そう思うが、眠気が出始めてきた。大学生になってから、スポーツの回数が減っている。地味に体力が減っているのかもしれない。とりあえず伝えておこうと、口を開けるが、欠伸が出てしまう。


「ふわあ。すみません。眠くなってきました」


 相変わらず彼は微笑んでいる。


「いいよ。寝ても。俺が運ぶから、安心して」


定期的に優しく背中を叩いてくれるからか、その眠気が強くなっていく。どれだけ許せたとしても、オタクとしてやって欲しくないことがある。寝てしまう前に私は優しい彼に伝える。


「ゲームデータ弄らないでください」

「オーケー」


 それなら安心だと、私は夢の世界に行ってしまった。優しい彼なら問題なく運んでくれるだろうと。

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