第36話 ナンパ男が近づいてくる
サミュエルさんにサークル代表を紹介したり、パンケーキを交換したりしたカフェの時間は楽しかった。授業も勿論楽しい。ウィンリー総合大学の学生との交流をやったが、様々なことを知ることが出来て良かった。その満喫した感覚は消えた。目の前のホストのような男によって。
「ここまで嫌な顔をする子は初めてだよ」
アルビノの美青年が寂しそうな表情で言っている。恐らく演じているのだろう。
「警察署で見知らぬ女性をナンパする時点で近づきたくないと思いますよ」
「ぶっきらぼうにいうところも実に可愛らしいね」
何と言う能天気。アホか。警備員は何をしていると言いたいが、私がいるところは大学のカフェテリアの中の、一般人も立ち入ることが出来るエリアだ。何故私は学生エリアに入らなかったのだろうか。カードがあるから入れたと言うのに。
「で。何の用事でこっちに来たんですか。彼女とかを迎えに来たとか」
男はフッと笑う。周りにいる女性達の一部が黄色い歓声を出している。時間潰しの時に注目を浴びたくなかった。
「いいや。会いに来たんだよ。君にね」
初めて出会ったところは警察署だ。短期留学生であることも、ウィンリー総合大学の利用者であることも、提示した記憶はない。ハッキングをして情報を見たのか、或いは在籍中の知り合いから聞いたのか。いや。どちらにせよ。怪しい。最悪の場合はスマホを取り出して、通報するべきだろう。
「知り合いからここにいるという情報を入手してね。見事に当たったというわけだ。彼に責めないでくれ。悪気があるわけじゃないからね。それにだ。人がいるというのに、俺が悪さをするとでも」
人の目があるからやらない。それが大多数だろう。しかし世の中の人間はそこまで甘くない。事件を起こす奴らだっている。
「する人はしますよ」
「容赦ないな!?」
「これでも巻き込まれた身なので」
無意識に冷たい声を出しているが、私は何も悪くないはずだ。ふと思い出したことがあるので、それを言及してみる。
「そう言えば、昨日あなたは言ってましたよね。夜の街でと」
「そうだね」
「何故言ったのですか。あなたもサミュエルさんと同じく、何かを売り込んでいるためですか」
彼の視線がテーブルの下に行く。気まずいという顔になっている。私は息を吐く。
「まあこれ以上細かく聞きませんけどね。それで答えが出てるようなものですし」
下手に入り込む行為自体がアウトだ。相手の精神を傷付けるわけにはいかないという理由もあるが、トラブルに巻き込まれたくないのだ。日本にいるわけではない。もしものことがあっても、助けが入るとも限らないことが大きい。
「それじゃ。私はそろそろ行きますね」
私は立ち上がる。彼も倣うように立ち上がっていた。
「俺も付き合うよ」
この男はどこまでも付いていくつもりらしい。面倒な野郎だ。それを顔に出さないで、苦笑いをすることに意識してやる。
「いやぁ……それは無理ですよ。これから行くとこ、部外者立ち入り禁止ですから」
体育館のようなところでバスケをする。そこはカードがないと入ることが出来ない。少し時間が空いたから、カフェテリアで時間を潰していただけなのだ。
「それは残念だ。君ともう少しお話がしたかった」
「二度と会わないことを祈ります」
「いいや。言っただろ。また会おう。夜の街でと」
同じことを言っていた。ストーカー疑いで通報しようかと考えたが、あの男は馬鹿ではない。寧ろ頭の回転が早く、情報収集に長けている。ヘマをしない。そうなると、私自身が警戒するしかないだろう。そう思いながら、体育館に似た建物に入る。既に何人かが着替えて、柔軟運動をしていた。
「ひかる! ウィンリーナウ(ウィンリー総合大学限定のSNS)で見たんだけど、イケメンと一緒にいたってマジ?」
バンダナをした、たらこ唇の黒人女性(同年齢)が明るく聞いてきた。ウィンリーナウは画像禁止だ。文章で呟いたり、短文でやり取りを行ったりする。誰かが呟いたのだろう。限定ネットワークとはいえ、あっという間に広がっていく。頭が痛くなってきた。
「それは事実だよ。面倒なナンパ野郎だったから、あしらったけども」
「もう少しお喋りしても良かったんだよ? ああいうの、滅多にないんだろうし」
「流石に時間を破るわけにはいかないよ」
「日本人ってそういうとこ、きちんとしてるよね。向こうが着替える部屋があるから」
バスケでもしたら、リフレッシュできて、解消されるだろう。私は同年齢の女性の指したところにある部屋に向かっていった。
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