第26話 サークルでいざ夏のコミケへ 後編

 無事にテストが終わって、漫画の印刷が完了し、いよいよ夏のコミックマーケットが始まる。準備を怠ることなく、交通機関のトラブルはなく、東京ビッグサイト前に集合した。その後は冊子の数や小銭の枚数などの確認を行い、たくさんの人々が目的のブツを求め、中に入って来る。というか既に入ってきている。落ち着いてくださいという男のスタッフの声がよく耳に届く。サークル代表の朗らかで素朴そうな男の柳生さん(百合作品好きでエロゲーマー)が右手を挙げる。


「それじゃ。小銭のミスを防ぐこと。体調を崩さないこと。この二つをきちんとやって、完売を目標に! ヨーソロー!」


 どこかで聞いたことのある台詞だと思いながら、同人誌の販売に専念する。同人誌を渡して、電卓で計算をして、必要なら釣り銭を渡して。買う人は少ない。とても限られている。物好きの読者か卒業生ぐらいしか来ない。或いは誰かの顔見知りぐらいか。やることが少ないため、人気のサークルに比べれば、ゆっくりできる。ぼーっとすることもできる。買い物も出来るので、興味あるものを購入した。


「俺ら休憩に入るから、井中と井上と百山(六華の苗字)よろしく」


 昼ぐらいになると、人だかりが落ち着く。人が少なくなっても問題ない頃合いにもなる。サークル代表の柳生さんが休憩に行き、三人で店番をすることになった。


「流石は人気サークル、まだ人がいる」


 前方にあるサークルは数年も活動しており、根強いファンがいることもあってか、未だに列が出来ることもある。井中さんが羨ましいと思う気持ちは分からなくもない。


「仕方ないですよ。こっちは宣伝してませんし、ツテは先輩と知り合いとご友人頼りですし」


 六華が指摘した通り、漫画研究会はSNSのアカウントを持っているが、頻繁に情報発信をしているわけではない。また、他大学との交流があるわけではない。個人活動が主なので、大学サークル名義での同人誌販売の時に少々弊害が出やすい。面白ければ売れる時代ではないのだ。今は。


「むしろまだ来てくれるだけでも、ここはマシですよ。二つ向こうにあるところ、オーナーっぽい人、項垂れてますから」


 六華が指す。私と井中さんはそれを見る。こぢんまりとしている。派手さがない。テーブルの上に置いている絵のクオリティが高い。腕が良い。それは間違いないが、人が来なさすぎる。オリジナルのみをやっているか。初めてだったからか。色々と理由があるのだろう。思わず言葉が出てしまう。


「世知辛い」

「光があれば、陰もあるってか」


 どこかで聞き覚えのある、軽薄な男の声。前を見ると、金髪褐色肌の優男の富脇君がいた。加茂さんと天霧君もいるし、山尾君も、遠藤さんもいる。ここまでバイト先の知り合いが揃う光景はレアだ。


「富脇君、なんでここに」

「天霧がこっちにいるって言ってたから」


 天霧君は透視と千里眼を持つ。地図も持っているため、場所の特定化は容易だ。コミケに来た目的が読めないことが問題だ。


「いやそうじゃなくって。コミケに来た目的」

「ああ。俺は後輩のコスプレを見に来ただけだよ」


 富脇君は後輩思いで来たようだ。気を遣うところは相変わらずだ。もう片方はと思っていたら、富脇君が教えてくれる。


「きたちゃんは暇そうにしてたもんだから、強引に連れて来た」


 加茂さんはただ巻き込まれていただけだった。ゆっくりしたいはずなのに、ご愁傷様ですと心の中で両手を合わせる。


「遠藤さんと天霧と山尾は途中でばったり遭った。一冊ください」


 富脇君は経緯を話して、さり気なく購入した。


「そうなると、天霧君は何か目的があってこっちに来たんだ」


 天霧君は色んな意味で読めない。聞くしかなかった。天霧君は明るく否定をした。


「ううん。僕は山尾に付いてきただけだよ。工業の専門の本が主だから、お姉さんが見ても分からないと思うけど。じゃあ。またバイトで会おう」

「うん。またね」


 コミックマーケットは多種多様だ。そういうのありなのというものも売られている。同時にやっているコスプレは小さいネタから時事ネタまで、何でもありという空間になっている。どちらも混沌と化している。縁がないと思っても、あったりする。異文化交流とはこのことか。それを改めて学んだ日だった。


 因みにサークルの目標である同人誌の完売は達成した。柳生さんの目から涙が出て、少しだけ祝勝会と称して、近くのファミレスで食べた。六華の清楚なところが一般客の引き寄せになっていたと思われる。看板娘誕生と言ったところか。

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