夏の幕間

第25話 サークルでいざ夏のコミケへ 前編

 夏のコミックマーケット。世界最大の同人誌即売会だ。大学の漫画研究会は無事に抽選で獲得し、合同誌を作成している途中だ。涼しく、資料がたくさんある図書館で、タブレットに描き込む。サークルが作るものなので、十八禁に該当するものは作らないようにと言われている。また、残酷な描写と性的な描写を入れてはいけないというルールもあったりする。隣で作業しているツインサイドテールの茶髪の同期である六華が必死に作業中。


「先輩はいつ締め切りって?」

「来週」


 因みに私は細かい調整をするだけで完成に近いところまで持っていっている。計画が滞りなく進んだというのもあるが、デジタル初心者なので簡単なものにするという選択が大きかった。


「まだ終わらないよ」


 六華が泣きそうだ。普段は白い服を好む清楚なお嬢様という感じだが、ここまで来ると崩壊しているようなものだ。家の事情と体調不良が原因でズレまくって、大ピンチに至っている。彼女なら、場数を踏んでいることもあり、完成してもおかしくない。


「誤字脱字の確認をしとくよ」


 絵を描く分野の中で、私が手伝えるところはない。私自身の力量が低すぎることが原因だ。デフォルト絵は問題ないのだが、それ以外はまだ修行中という身なので、別のところをやっている。先程言ったように、私は誤字脱字のチェックを行う。暫くは静かに作業をする。ただし、途中で飽きが来る。六華はペンを動かしながら、突然質問をしてくる。


「ねえ。ひかりちゃんのバイト先に男の人いたりする?」


 喋りながらも、難しいところを描いている。恐ろしい力量だと思いながら、バイトの先輩を思い浮かぶ。


「いるけど」

「どうなの?」


 彼女が知りたがっていることが分からないので、おうむ返しをする。


「どうなのって」

「ネタになりそうなのあるでしょ」


 私は悩む。六華は腐女子だ。腐女子として求められていることを言うべきだろう。しかしそういった類の話は年上の友人の方が豊富なのだ。バイト先の話となると、男同士の絡みのエピソードはあるが、問題は展開がテンプレではない方向に行ってしまうことだろうか。


「話はあるよ」

「うん」


 六華の期待の目に私は自然と逸らす。


「けれど期待はしないで」

「そこまで言うんだ」

「うん。何て言うか……先輩方は割と天然だから。変な方向になっちゃうんだよね」


 あの日を思い出す。仕事に関わることではなく、近くの公園でやっていたことだから、六華に言っても問題はない。


「五月下旬ごろだったかな。事務所に行こうとしたら、同い年の富脇君と会ったんだよね。金髪に染めた褐色肌の大学生っていう見た目。理系学部のどっかを専攻してるとか言ってたっけ」


 富脇君と軽く話をした時、計算や理論の勉強をしていると聞いた。異能の学問ではないだろう。記憶が正しければの話になるが。


「イケメン?」


 聞くところはそこかいと思いながらも、自分の感覚で答える。


「そうだと思う。洒落に気を遣う人でもあるかな。同じ学部の人から漫画借りてたみたいで」

「漫画を」

「俺様系キャラと平民女主人公の。修理屋と領主様って名前」


 修理屋と領主様。女性向けの漫画と言われており、サイトにあった小説が原作となっている。比較的短い作品で漫画版では合計三巻しかない。起承転結の流れで分かりやすく、コミカライズの作画が良かったため、評価が高い。


「ちょっと再現しようかという話になったんだよね。壁ドンって奴。原作漫画どっちも壁側にいるの、女主人公なのに、何でか男でやろうぜになった」


 当時の気温は二十八度で、その暑さで頭がやられて変なことになったと思いたい。実際に話したら、六華が笑いそうになっている辺り、相当おかしいことをしていたと思う。


「どうすんのってなった時に、富脇君の幼馴染……私の上司に当たる加茂さんが来て、こっち来いで壁側に誘導させたわけ」

「おほー」


 何故か期待させてしまった。


「大体はこう手でドンと押すでしょ」


 ついでに右手で押すような仕草もしておく。六華のテンションがどんどん上がる。図書館の中なので静かなままだが、言動で理解してしまう。


「いいシチュエーションじゃん。どっちの方が受けなの。攻めなの」


 六華の質問は予想していたが、答えられない。そもそも区別の難易度が高い。


「いやどうなんだろ。どっちも攻め臭いんだよね」

「あーそういう感じなんだ。その後はどうなったの」


 グダグダ言ってもあれなので、ここはシンプルに結末を言ってしまう。


「うん。壁ドンは失敗した」

「もうちょっと詳しく」


 思い出すと、実に鮮やかなアクションだった。腕を掴んで、相手のバランスを崩させて、投げていた。その後、加茂さんは富脇君の上に座っている。ほんの僅かな時間でやり遂げてしまう加茂さんに拍手を送っていた。これをどうやって言語化すべきか。


「加茂さんがアクション映画よろしく、富脇君を投げて、地に伏せている隙に乗っかった」


 六華は噴き出す。


「逆転してるし」

「それだけじゃないんだなぁ。加茂さんがこう言ってたんだよ。俺を倒すのなら動作で悟らせるなって」

「指導しちゃってるし」


 笑いながらも、六華はペンを動かしている。器用な子だ。よし。誤字脱字の確認が終わりそうなので、次で最後にしておこう。


「その時の加茂さんの格好、浴衣だったんだけど。跨いだ形で富脇君に乗ったもんだから、生足が見えたんだよね。細いけど鍛えられてる感があって良かった」

「最高か」


 当時は発覚したと同時に、富脇君が加茂さんに注意をしていた。ややこしくなるので、出さない。見た所問題ないことを報告して、自分の漫画の調整をしておこう。

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