第23話 ぶち壊したデスゲームのエンディング

 車に揺さぶられ、十数分程度で止まった。都内の廃墟と化したビル。いずれ解体工事が行われるものばかりの建物に不審人物の情報があったとか。しかしそういったものは都内にたくさんある。絞ることすら出来ない。だからこそ、加茂さんをどうにか本拠地に送り込んで、場所を特定化させた。恐らく機械に工夫が施されている。


「ドラマの世界を現実で見るとは思わなかった」


 パトカーと警察官とその他の車がある場面は富脇君にとっても、現実では初めてだった。同じ気持ちの人がいて良かったと、私は安堵をする。


「風間警部!」


 先に駆けつけていた警視庁の人間らしき男が風間さんに報告をし始めた。私の仕事は既になさそうだと思っていた矢先、明るい男の声が耳に届く。


「おーねーえーさーん!」


 振り返る暇がなかった。衝撃が腰に来る。倒れてもおかしくなかったが、富脇君が支えてくれたので、大丈夫だった。オシャレをする富脇君らしく、柑橘系の香水をつけている。ふわりと鼻に来た程度なので、間違っている可能性もある。富脇君は抱き着いてきた犯人に叱る。


「お前な。すぐ抱き着くんじゃねえって。彼奴じゃねえんだから受け止められねえことぐらい分かるだろ?」


 予想はしていた。天霧君だった。彼の後から女子高生の子が来ていた。走って来たのか、息切れを起こしている。視線を下にする。


「えへへ。久しぶりだから嬉しくてつい」


 上目遣いの天霧君。実にあざとい。動画が見えなくなってから、様子が分からなかったが、これだけ動けているとなると、怪我はないのだろう。女子高生の子もそういったところが見られない。何があったのだろうかと私が思っている中、富脇君は天霧君に確認をする。


「そうだ。加茂は」


 天霧君は悩むように言う。


「加茂さんはね。なんか。えーっと。入れ墨のお兄さんの質問攻めに合っているんだよね。服はどこで買ったとか。ウィッグの店どことか。ファッションの仕事してた人っぽいから、色々と聞きたくなるんだろうね」


 入れ墨のお兄さんと着物姿の加茂さん。ベクトルが違い過ぎて、二度見しそうな光景を思い浮かぶ。それも数秒で消える。


「あ。けど今は警察が来たから、報告してるのかも」


 天霧君の答えにそうだろうなと納得した。加茂さんは作戦の参加者でもある。被害者のように見えて、介入する者という特殊な立場だ。何も知らない人から見たら、どういうことだと思ってしまう。工作として、表向きは特殊な人がかき乱したという報告書を出す。そういう展開が見えてきた。


「あの。沼津君」


 女子高生の子は必死に天霧君に声をかけてきたので、そちらを注目する。被害者がほとんど車に乗り込んでいる中、そういう行動を選ぶとは中々やる子だ。


「その。あの。好きな人がいるってわけじゃない……のかな」


 頬が赤くなり、徐々に女の子の声が弱くなっていく。


「何でそう思うの」


 天霧君は傾げながら、女の子に訊ねた。女の子はコクコクと頷く。


「その何となくだけど、モデルはいるけど、設定を作ったって感じがしたから。そりゃその。この時代だから。ど。ど。同性のカップルとかもおかしくはないと思うけども」


 熱が籠っているように見える。恥ずかしいからそうなってしまったと捉えた方が良さそうだ。


「付き合っている人はいないよ。けれどね。君のその恋心は一時的なものでしかない」


 おい。いくら何でも酷いのでは。そう思いながら、私は天霧君の発言を聞く。


「危ない場所で。近い歳の僕がいたから。親近感が沸いて。色々とかき乱してたから。そう錯覚したんだよ。それにこういう僕と付き合っちゃダメ。僕より良い人とやった方がいいって」

「なんで」


 その女子高生の声は震えていた。


「ろくでなしだから」

「違う。沼津君は優しいよ」


 女子高生と天霧君のやり取りはまだ続く。明らかに失恋そのものだが、どうしようかと私は富脇君に視線を送る。静かに二人を見ていた。そのままでいい。それが彼の考えのようだ。問題があるわけではない。私も彼らのやり取りを見守ることを選んだ。


「ううん。そう演じているってだけだよ。社会に適応するために、優しい人という仮面を被っている。狂っているからこそ、僕はデスゲームを本気で楽しんで、巻き込ませることが出来た。そういう人もいるってことを、君は知った方がいい」


 いつもは明るい天霧君が真面目なトーンになっている。自分自身を理解しているからこそ、拒絶していることが分かってしまう。


「話途中ですまない。そろそろ乗ってもらいたいのだが」


 警察官が空気を読まずに入って来た。いや。流石に彼らもスケジュールがある。早めに乗ってもらいたいという本音を持っているだろう。


「分かりました。色々とすみません。さようなら。沼津君」


 女子高生は頭を下げて謝り、白いワゴン車に乗り込もうとする。ちらりと天霧君を数秒見て、乗ってしまった。確認を終えたからか、ワゴン車はすぐに動いた。私達はそれを見送る。そして振り返る。防ぐため、作戦に参加したが、たいしたことはしなかった。歯がゆいところの方が多かった。また、人間模様というものを見ることが出来た。恐怖のデスゲームの中に芽生えた恋心というものを目の当たりにした。天霧君の本音は分からない。ただ言えることはひとつ。最初から最後まで場をかき乱した人は彼である。それだけだ。

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