第21話 井上ひかり達 行動開始

 チャット欄は怒りの声で埋め尽くされている。つまらない。殺せ。悲鳴の声と絶望の顔を見せろ。ゲームの賭けに関しては、クレームが来てもおかしくないので何も思わない。


「おーおー炎上してる」


 コメントを見ている富脇君は楽しそうだ。展開を読めていたからこその反応だろう。加茂さんもそういった心境のはずだ。


「天霧がかき乱しているからな。ところで井上」

「何です?」

「他人に化粧をした経験は」


 何に繋がるのだろうか。ただの雑談の可能性だってあり得る。困惑しながらも、私は素直に答える。


「ありますけど」


 その答えを聞いた加茂さんは化粧箱を投げ渡した。


「えーっと。これはどういうことです?」


 意味が分からなかったので、聞くしかなかった。


「次の作戦で加茂を前線に送らせるんや。インターバルとかで動きがないみたいやからな」


 加茂さんの代わりに風間さんが答えていた。それでピンと来てしまった。彼女だと称して、殴り込む気だと。そして……やっぱり前線に行くじゃんと。


「でもそういうのって事前情報あってこそだと。ああ。ある程度、偽の情報を流してたんですね」


 言いながら納得した。その一方で思うのだ。中性的でもない加茂さんを女性に化けるというものはとてつもなくハードだと。


「察しが良い子、ええわぁ。ああ。因みにガチで頼むわ」


 ハードモードな頼み事を一般人にやらせるなと心の中で言いながら、加茂さんに化粧を施す。思ったよりも肌の質が良い。睫毛が長い。一部の女性から羨ましいと言われるぐらいの素質は持っている。


「それで衣装はどういう感じにするつもりですか。それ次第で化粧が変わりますので」

「着物姿にさせる。それが一番よう映えるんや。シンプルなものでええで」


 お任せと言われるよりマシだった。派手な色はなし。健康そうな色になるようにしておきたい。とりあえず小さいイベントなどで、男性コスプレイヤーの化粧をアシストして良かった。この経験がマジで生きる。


「これでよし。終わりましたよ」


 数分で終わらせた。本当は時間をかけるべきだが、休みは短い可能性があったため、必要なところのみを化粧した形だ。それにしては綺麗に仕上がっている。流石は私と褒めたいところだが、加茂さんの素材の良さが理由だろう。悲しいことに。


「……行ってくる」


 加茂さんは何処かに行ってしまった。着替えて何かを仕掛けるなら、私と富脇君の役目は何だろうか。ずっと車の中で待機というわけではないはずだ。


「とりあえずこっちも移動開始するで」


 車が動き始めた。風間さんは何かの報告を受け取ったからだ。


「連絡が入ったからな。例のとこに動きがあったから、そっちに行くで」


 ずっと部下が見張っていたという空き家。つまり救出をする手伝いをすることが私の役目なのだろう。


「井上ひかりさん。防御は頼んだで」


 遠いところから家を監視した形だからか、相手の詳細までは分かっていない。私が結界で仲間を守るしかない。


「分かりました」


 数分程度で車が止まった。二階建てのレンガ調の住宅で、何年も使われていないからか、雑草で生い茂っている。人が通るところのみ刈られている。既にスーツ姿の男性二人が待機していた。警棒を持ち、腰には拳銃を下げている。


「お疲れ様です。今すぐ突入しますか」

「ああ。行こうか」


 スーツ姿の男二人を先頭に、私達は空き家に入る。薄暗い。電気の灯りが付いていない玄関で靴を脱ぐことなく、周辺を見る。


「罠らしきものはない」

「同じく。ついでに言うと、人はいない。ああ。これがありました」


 受け取った風間さんは二つ折りの紙を捲って開ける。カクカクの日本語の文字で書かれている。風間さんは文章を読み上げる。


「日本の警察へ。ここは手を引く。人質は二階の寝室に置いている。拉致から解放して構わない。潜りがいる時点で失敗することが確定していたのだから。らしいわ。本当かどうか確認するで」


 拳銃を持っている男二人が力強く返事をする。


「はい」


 私達は二階に行く。ひとつひとつの部屋を警戒しながら見て探す。罠らしきものは一切ない。天井近くに黒い配線はあるが、配信用で設置したようなものだろう。富脇君が納得したように言う。


「ああ。工事してたのはそういうことか」

「だと思うよ」


 軽くやり取りをしている内に、拳銃を持つスーツ姿の二人は奥の部屋に入り、すぐ報告が入って来る。


「見つけました!」

「保護します!」


 先頭にいる二人は急いで拉致されていた人達の保護を行う。何かあったらと思って、警戒をしていたが、異能を使わなかった。いた意味があったのだろうかと思ってしまうが、トラップなどの障害があるよりマシだろう。


「うちの子は無事なんですか!?」


 部屋に入ったら、中年の女性が風間さんに聞いていたところを目にする。通り過ぎた白髪の男性はスーツの人と一緒にトイレに行っている。金髪の派手な女性(紫色の露出の高いワンピースを着ている)は富脇君と談笑中。とりあえず身体は無事であることが分かる。


「今のところは。ですがどうなるかは保証出来ません。防ぐために動いてはおりますが」


 ゆさゆさと揺さぶられながらも、風間さんは答えていた。場所の特定化が出来ていない中、そう簡単に発言できない。


「井上。パソコンの用意して」

「はい」


 風間さんの指示に従う。段ボールの上にノートパソコンを置いて、電源を入れる。あとは富脇君に任せる。慣れているのか、素早いキーボード操作で例の違法動画サイトに辿り着く。誰もがその動画を見る。どうなっているのかが分からないので、私は彼らが無事であることを祈った。

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