第17話 頭を抱えたい出来事
裏世界どうこうの話をしてから三日後。バイトをし終えて事務所に戻ったら、とんでもないものを目にした。明るい茶色の天然パーマの男子高校生、天霧君が土下座していた。彼の前には加茂さんがいる。近くにいる遠藤さんは見ないように意識して仕事をしている。これは一体どういう状況なのだろうか。隣にいる作業着姿の坊主頭の三白眼……多分男子高校生の子に聞くしかない。近くにある勤怠管理システムのPCに入力しながら。
「これ……どういう状況なんでしょうか」
一瞬身体が固まっていた。流石に普段接していない人に話しかけられたらそうなってしまうだろう。
「いや俺もそこまで詳しく分からないっすけど、分かります。彼奴また勝手に何かやらかしたんだと思うんす」
まるで天霧君と知り合いのような発言だ。いやそれよりもやらかしに着眼した方がいいだろう。
「今までやらかしてるってこと」
男子高校生君が静かに頷いた。数秒の沈黙後、高校生の口が開く。
「突撃しないんすか」
随分と思い切ったことを聞き出す。
「そんな度胸ないです」
「まあ俺もやろうとは思わないんすけど」
この子も流石に直接聞くつもりはないみたいだ。他の誰かが通り過ぎたようなと、私は入った者を見る。金髪と褐色肌の優男は富脇君である。
「山尾と井上、ここで突っ立ってどうしたんだ」
男子高校生は山尾君と言うらしい。山尾君は静かに土下座している天霧君を指す。
「ああ。そういうことか」
理解が早い。
「おーい。何があったんだ?」
デカい声で話しかけに行った。いや。普段と大差ないが、こういう場面でやるのだろうか。普通は。
「報告もせずに喧嘩を売った」
加茂さんは頭を抱えて言ったその返答に誰もがクエスチョンマークを浮かばせていただろう。何処と。
「あーつまりは例の」
富脇君はどうやって理解したのだろう。
「そういうことだ」
加茂さんと富脇君。勝手に話を進めないでもらいたい。
「ああ。山尾か。もう少し時間経ってから来てくれ」
「うす」
山尾君は加茂さんの指示に従って、どこかに行ってしまった。間違いなく、裏世界の事件に関することだ。山尾君は部外者だから、加茂さんは先程のような指示を出したに違いない。小さい声で質問をしてみる。
「報告しないまま、裏世界の組織に喧嘩を売って、中に入るようにしたってことですよね」
二人が縦に頷いた。天霧君はようやく立ち上がって、こちらに近付いてくる。正座で足が痺れたのか、とても遅い。
「本来なら裏工作をして侵入する予定だった」
指示通りに従わず、事後報告となると、よくない動きだろう。加茂さんが頭を抱えてしまう気持ちは分かる。
「それ良くないですね」
「しかもちゃっかり情報を掴んでるんだよなぁ」
富脇君が苦笑いしながら言った。情報を掴んでいる。聞き間違いではないだろうか。
「だってそうじゃないと間に合わないでしょ。僕の計算だと今週末に始まる」
天霧君の口から言い訳らしきものが出てきた。いや。その割に現実味を帯びた恐ろしい発言である。
「だから勝手に動いたんだ。僕自身の判断で。ああ。勿論加茂さんに叱られるのもご褒美だけどね。あいだ」
さり気なく問題発言をして、天霧君は加茂さんにデコピンをくらっていた。
「とにかくお前は暫く動くな。報告はこちらで行う」
加茂さんが忙しそうに書類作成に取り掛かり始めた。富脇君が盛大にため息を吐く。
「お前なぁ。もうちょっと考えろよ」
問題のある行動だと感じていたみたいだ。組織のひとりとして、正直褒められるような動きではないだろう。
「え? 考えた結果だよ。介入するところはここしかなかったし」
天霧君はそう思っていないらしい。寧ろこれが最善だと考えているようだ。
「加茂さんが悔しそうにするところ見たくないんだ」
「だからって他のところないがしろにするのも良くねえからな。そういう悪い癖、いい加減どうにかしろ」
富脇君が説教する展開は読んでいなかった。まるで兄が弟に注意をしている光景を見ている感じだ。弟分の天霧君は明るい声だが、冷静なままだ。
「うーん。それは無理かな。集めた情報を統合して、未来を読んでいた時に限って、時間がないなんてザラだもん。ああ。もちろん出来る時は報告するよ。それは約束してるから。けど今回は相手が悪いからね。悟られない内に動いちゃった」
悪気ゼロの声を聞いた富脇君は頭をかく。
「なんでそうなるんだろうな。お前は」
「仕方ないよ。見えるもん」
天霧君は未来予知に関する異能を持っていると考えた方が良さそうだ。タイミングは人によるという話だ。情報を統合して、瞬時に計算をして見えるものなのだろう。
「ああ。因みに此奴の未来読むどうこうは異能じゃねえからな」
富脇君の衝撃的な発言で、反射的に声を出してしまう。
「え?」
「此奴の予測は頭が良いから出来るだけだ。持ってる異能は透視と千里眼なんだぜ」
異能力はひとつが多い。稀に複数持ちがいて、似たものが多いと聞く。天霧君もそういったタイプらしい。
「彼奴が最適なのも分かるだろ?」
富脇君に聞かれなくても、そういうことかと納得する。
「ええ。まあ異能だけで何となく察しは付きます」
戦闘能力がある前提になるが、あそこでは不意打ち上等になる。仕掛けなどを踏まえると、透視能力で未然に防ぎやすくなる。それだけではない。心理戦などに滅法強い可能性が高いとなると、天霧君が最適な人材なのだろう。とりあえず勤怠報告をしたので、帰るとしよう。
「それじゃ。お疲れ様です」
「ああ。また今度な」
ドアを開けて、廊下に出ようとしたら、全く動かない。腰に何かが引っ付いている。
「もう行っちゃうの?」
天霧君のうるうるとした上目遣いに心が突き刺さる。しかし大学の勉強などをしたいので、拒否をする必要がある。
「ごめんね。天霧君。色々とやることがあるから」
天霧君はそっと私から離れた。少し寂しそうな目だが、こちらも都合があるので、事務所から出た。罪悪感が物凄くある。これも計算なのか。素なのか。本当に分からない天霧君の行動だ。
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