第11話 華麗にさようなら
即戦闘が起こるかと思っていたが、そうでもなかった。上司と部下の関係だと思われるが、とてもギスギスしている。知らない私ですら、感じてしまうこの空気は相当なものだ。
「牛鬼てめえ」
大神彰が牛鬼を睨んでいる。流石に上司ということもあってか、牛鬼は怖がらず、冷静なままだ。
「苛立つのは私ですよ。未だに始末してないとかあり得ないですって」
それもそうだ。仕事が完了していなかったら、上司は苛立つものだ。いや。ここで同感してどうする。脱出しないとマズイ。ヤバイ奴だと思われる行動でどうにかしよう。
「そこまで弱かったんですか。童子さんから強いとお聞きしたのですが」
なるほど。強いからこそ、ウルフハントを雇ったわけだ。裏の組織と仮定すると、金目的以外にも何かあると考えておくべきか。とりあえず揉めている間にそっと移動をし始めよう。
「あ? てめえの方が弱いだろ。タイマンで負けた癖によ」
雇われの立場とは思えない、ウルフハントのお頭の発言。普通はこういうセリフを使ったら、即解雇な気がしなくもない。法律上無理だろという指摘が飛びそうだが、心情的にそうなってもおかしくないだろう。
「よし」
こちらの準備を済ませておく。一階の位置を確認する。段があるエスカレーターはない。まだ結界を貼れる余力はある。十分に可能だ。大神彰の発言で悪化するかと思ったが、牛鬼は否定しない。冷静に徹していると言った方がいいか。
「そりゃ私はあくまでも支援後方をメインとしますからね。役割が違うというだけのこと」
「否定しねえ」
ウルフハントのリーダーは笑った。そして私を見た。流石にバレていたみたいだ。また、牛鬼にも見られていた。
「逃げる算段ですか。しかしエスカレーターではないですが」
まだ意図を読めていないらしい。読めた時点でこちらの負け。ならばここでやってしまった方が良い。インパクトを持っていった方がいいだろうと、アニメでありそうなセリフを吐く。
「それではさようなら。諸君」
華麗に鉄棒の遊びでよくやった後ろ回りをして、飛び降りる。二人とも情けないぐらいに、口を開けている。急に離脱したらそうなるだろう。これが隙というものだ。今のうちに結界を使った攻撃をしたい。
「あれ」
何故か人の温かみがある。この表現は正しくない。抱えられているような気がする。
「井上、お前死ぬ気か」
黒髪黒目の加茂さんだった。焦っている声を初めて聞いたが、生憎こちらは死ぬ気なんてないのだ。弁明をしたい。
「いや結界を貼るつもりだったんです。柔らかさも調整できるので、怪我なく出来るんですよ」
冷静に言ったつもりだったが、私自身も焦っていた。必死に誤解をどうにかしようとしていたからだろう。
「後で色々と異能を聞かせてもらおう」
私を抱えた加茂さんは一階に着地する。富脇君が待機していた。
「お姫様救出ってとこか? あいだ」
加茂さんは揶揄う富脇君の足を蹴った。容赦ない。富脇君が痛そうに足を擦っている。
「富脇、井上を頼む」
そう短く言って、加茂さんは二階に跳んだ。人を超えた跳躍だった。身体強化の異能なのかもしれない。いやちょっと待てと、二階にいる奴らを思い出す。二人いたはずだ。数だけなら、加茂さんが不利のはずだ。
「ねえ。ちょっと。富脇君」
「ん?」
状況を把握していないのか、富脇君はかなり呑気だ。
「上に二人いるから、加勢した方がいいと思うんだけど。しかも片方、ウルフハントのリーダー名乗ってるし」
ウルフハントのリーダーもいるとなると、苦戦することぐらい、私にでも分かる。きっと富脇君も分かってくれるはずだ。そう思っていたのだが、呑気な態度は変わらなかった。笑っている。
「なーに言ってるんだか。まあそりゃあ。警戒するから大丈夫だろ」
「いや。そうじゃないって」
「加茂はそういうのに負けねえよ」
富脇君は不敵な笑みをして、二階を見る。私も彼の真似をする。
「くそ!」
流石に分かるところは声だけだ。それでも理解してしまう。ウルフハントの頭が不利になっている。組んでいるはずの牛鬼の声が聞こえないとなると、既に気絶していたりしているのだろうか。
「はい。こちら富脇です」
富脇君が無線通信機で誰かとやり取りをし始めた。
「了解。こちらは井上を保護。加茂がウルフハントのリーダーと交戦中」
簡潔に報告していた時だった。加茂さんが二人を背負って、エスカレーターを使って降りて来た。身体強化系の異能力は地味だが、とても便利なものだと思う。富脇君はすぐ訂正する。
「訂正します。加茂がウルフハントの大神彰と……恐らく牛鬼と呼ばれる男を拘束しました」
加茂さんは私が苦戦した相手をあっさりと倒していた。これが実力の差だろう。反省会をやるべきかどうかを考えなくては。そう思ってしまうほど、加茂さんは強い。それよりも、少し疲れた。どこかで休みたい。
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