第6話 初めてのバイト&オタク仲間ゲットだぜ!
大学入学して、初めての休日。そして私のバイトデビュー。ハードルは高くない。八王子駅の南にあるショッピングセンターのイベントの警備任務である。普段より人数がいるということで、臨時で雇われているようなものだ。指定された紺色の警備服を纏って、イベント会場の周辺を見張る仕事なので、異能は恐らく使わない。
「孫がよく話してた特撮だ」
「あ。そうなんですか」
一緒に仕事をするお孫さん持ちの七十三歳(本当かは分からない)の橘というおじいさんと、たまに駄弁ることが出来るぐらいに緩い。特撮イベントで、小さい子がわんさか遊びに来ている。普通に癒される。
「君のような子でも見てるって話だったけど……人によるのか」
残念ながら私はそういうものは見ない。ただ友人が見ているので、軽い指摘ぐらいは出来る。
「あーそういうのは恐らくですけど、演じている人目的なんだと思います。若手の浪岡廉太郎がいいとか、ヒロインの子が可愛いだとか、友人が言ってたので」
「なるほど。言われてみれば、フウカが気に入るのも何となく分かるよ。それじゃ。仕事をやろうか」
手を振って、見回りの仕事をやる。不審人物がいるか。危険物はないか。柱。壁。店。特に怪しいものはない。この引っ張られ具合は。
「お姉ちゃん。といえ、どこ?」
涙目の女の子が裾を引っ張っていた。桜色のワンピースに子供用のシューズ。白いカチューシャでお洒落をしている。我慢できなくなって、近くにいた私に声をかけたと推測した方がいいだろう。
「百均ショップと家具屋さんの間の道の奥だよ」
しゃがんで教えたら、お母さんらしき茶髪の女性が近づいてきた。慌てている。
「かえで! 急に離れちゃだめだからね! ご迷惑おかけしました。トイレ行こうか。ダッシュダッシュ」
「うん。またねー」
娘が急にいなくなったことによるものだった。あっという間に親子は通路に。親はいつだって大変……なのかもしれない。
「見事に解決したアルケミストセブンは、どこかに去って行きました!」
十数分後、特撮ヒーローの劇の幕が閉じた。途中、子供の応援につられそうになった。危なかった。
「良い子の皆はお母さんお父さんと一緒に、買い物したり、お家に帰るんだぞ? それではばーいばーい!」
お姉さんのアナウンスが可愛らしい。茶目っ気を含むようなボイスがいい。そして子供達が元気よく「ばいばい」と言うところも最高である。
「仕事は完了っと。井上さん、事務所に戻ろうか」
「はい」
仕事が終わったので、橘さんと一緒に事務所に戻る。
「ただいま戻りました」
ドアを開けて、一気に情報が入る。コーヒーの香り。スルメイカの匂い。天霧君のはしゃぐ様子。非常に賑やかだ。
「お疲れ様。手を洗って、ゆっくり休んで帰ってくれ」
「はい」
降矢さんの言葉に甘えて、十数分ぐらい休んでから帰ろうと決意する。休憩スペースらしい、ソファーでくつろぐ。スマホを起動させて、ゲームアプリの周回をする。二回目の周回の時だった。
「えと。井上さん」
優しい女性の声。そばかすに太眉と濃い特徴を持つ、丸い眼鏡をかけた小柄な女性が私に話しかけていた。電話対応の人だ。
「はい。何か用が?」
彼女はスマホの画面を見せてきた。今やっているゲームのものだ。美少年。イケオジ。ショタ。美少女。カッコいいおばあさん。その他諸々のキャラが出てくるファンタジーRPGである。国造りRPGと名称しているもので、そこそこ人気のあるもの……のはずだ。まさかバイト先でプレイヤーがいるとは。
「フレンド登録、いい……ですか」
しかも登録申請が来た。嬉しい。非常に嬉しい。空きがあるので問題ないのだ。
「勿論いいですよ」
彼女の顔が明るくなる。
「あ、ありがとうございます。今の推しはルヒト君です」
光の魔法使い。最新の話で大活躍をした、可愛い系の男性キャラクターだ。形態がいくつもあり、ネット上で論争が起こっている。
「遠藤さん。名乗り忘れてますよ?」
富脇君が苦笑いしている。言われてみれば、この事務員さんの名前を知らない。勢いでキャーキャー言っていたことに気付く。オタクだと分かると、つい語りたくなる悪い癖だ。
「きゃふ!? うえ。えと。遠藤すいこと言います。翡翠の翠に子供の子です」
遠藤翠子さんは恥ずかしそうに名前を教えてくれた。ご丁寧に漢字も教えてくれている。
「改めてこちらも自己紹介します。井上ひかりです。フレンドコードの画面になったのでどうぞ」
さっとスマホを提示しながら、私も名乗っていく。スマホのゲームとなると、大体こうなるものだ。どこからか生暖かい目があるような気がしなくもないが、何も気にすることはないだろう。遠藤さんという新たなオタク仲間をゲットし、その数分後に帰宅した。
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