第5話 株式会社伊能警備

 慣れない電話をして、面接の日時の予約をして、当日を迎えた。八王子駅から北方向に徒歩数分程度で到着する。失礼のないように恰好は考えた。シャツに膝程度の丈のスカートだ。三階建てビルに入り、警備会社を探す。三階にあるので、エレベーターを使って上る。そこそこ年季は入っているみたいだが、メンテナンスはきちんとしているみたいだ。不安定だと思うところはない。


 ピンポンと鳴り、三階に着いたと悟る。降りてすぐに入り口がある。株式会社伊能警備。心臓がバクバクしている。人生初のバイト面接だから、緊張しているのだろう。息を吸って。吐いて。いざ参らん。ドアノブ握って、突入する。


「本当にお姉さん来た!」


 目の前に明るい茶色の天然パーマの可愛らしい男の子(多分高校生ぐらい)がいた。どこかで聞き覚えのあるようなボイスを発しているが……どこで聞いたのだろうか。


「天霧」


 スマホから漏れていたあの声の主だった。天霧という可愛い子が後ろに引っ張られていた。加茂さんが呆れた顔で襟を引っ張っていたみたいだ。


「ちょっかい出すな。学校の課題やっておけ」


 やはり天霧という子は学校に通っているみたいだ。平日の昼間からいるということは、日中通うようなタイプではないのだろう。


「はーい」


 素直に聞いて、天霧君は向こう側に行ってしまった。


「迷惑をかけた。すまない」


 加茂さんの声から申し訳なさが出ている。こちらは全く気にしていない。


「いえ。大丈夫です」


 加茂さんを改めて見る。Tシャツの上に羽織。ジーパンを穿いている。素足で草履。変わっている。しかし様になっている。顔が良いから為せるのか。


「君が井上ひかりさんだね」


 渋い男性が近づいてきた。顔の彫りが深めで、癖のある黒い髪だ。白いシャツに黒いズボンと、一般的な会社員と変わらない恰好をしている。


「あ。はい。そうです。えーっと」

「代表取締役の降矢修人だ。加茂の誘いに応じてくれてありがとう。面接はあっちでやるから」


 伊能警備のオフィスをざっくり見る。事務スペースは小さくて、作業している人は二人だ。移動が出来るホワイトボードが二つ。テレビの隣にゲーム機が置かれている。ルールが書かれている紙が何ヶ所か。観葉植物という緑はない。パーテーションがある空間で面接を行うことが見て分かる。というか実際そっちまで行った。椅子に座って、履歴書を渡して、面接が始まる。ごくりと唾を飲む。


「それでは伊能警備について少し話そうと思うけど……いいかい?」

「あ……はい」


 実はバイトの面接をリサーチして挑んでいる。だからこそ、降矢さんの予想外の発言で私は戸惑った。


「ただの警備会社ではない。異能力者が大多数となっている。異能専用の仕事もある。だから一般的なものよりも危険度が高いことを頭に入れて欲しい」


 伊能警備は異能警備である。私は何を考えているのだろうか。


「更に警察から異能に関する仕事を引き受けることもある。所謂委託業務という奴だ。この辺りは公言してもいいよ。サイトでも普通に書いてあることだから。ただし個人情報とか、機密情報を漏らさないように。そういう書類は後でサイン貰うからね」


 予想以上にヘヴィーな奴だ。警察から頼まれるということは厄介なものだろう。間違いなく。


「爆破事件を潜り抜けて、大学受験に挑んだその度胸と技術なら問題はないと思うが」


 加茂さん。どういう表現を使って、私のことを伝えたのだろうか。いや。それは置いておこう。降矢さんが聞きたいことは別にあるはずだ。


「今の君に危ないところで仕事をするという覚悟はあるか」


 やはり来た。そうだ。あの時は「何でもやってやらあ」という精神だった。ガムシャラに走り続けてきた。しかし今は安全にバイトが出来る選択肢もある。異能というものが世に知れ渡ってから、治安は悪化したと言う。いつ何が起こるか分からない。それなら分かった上で対抗したい。はっきりと答える。


「あります」


 学生時代に術を身に付けて、次に繋げていく。就活とかは何も考えていない。結界という異能で身近な人を守りたいだけだ。どういう声を出しているかは分からない。代表取締役の降矢さんの反応を見るしかない。考え込んで、何かを決めたという表情になっている。降矢さんの口が開く。


「ならば採用だ。ようこそ。株式会社伊能警備へ」


 採用となった。どういう人がいるのか。どういう現場が待っているのか。想像できるものではない。分かることは命の危険になり得ることもあるということだろうか。どこまでやれるのかは分からないが、できる限りやってみようと思う。

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