第3話 必死だからこそ。そしてバイトの誘いが来る。

 注文せず、ずっと喋っているというわけにはいかなかったので、紅茶などを適当に頼んだ後、加茂さんの口が開く。


「かなり最近になる」


 最近だった。それなら強い印象で記憶に残っているはずなのに。


「二月上旬。目白駅の事件だ」


 心の中で繰り返す。二月上旬。目白駅。事件。目白駅爆破事件のことだ。間違いなく。


「あっはっは。嫌そうな顔になってる」


 富脇という男が大笑い。ちょっとカチンと来た。


「笑わないでください! こちとら大学入試! しかも本命! 全力で脱出する必要があったんですよ!」


 もしも入学式が控えているというのなら、どれだけ大事かを理解していることだろう。


「悪い悪い。顔に出てたもんだから、つい笑っちまった」


 本当にこの人は悪いと思っているのだろうか。涙を拭いているから余計に思ってしまう。


「でもまあ分かるぜ」


 意外に分かる男だった。


「高校受験の時に経験したからなぁ。今のように使いこなしているわけではなかったから苦労したぜ」


 異能の強さは遺伝次第という話だが、経験を積んで強くなるケースもあると聞く。富脇は後者に違いない。


「っと。逸れちまうな。加茂さん、どーぞ?」

「ああ。その目白駅に俺もいた。人を守ろうとしていた時、お前とすれ違った。ただひたすら全力で走り、異能と思われる結界で守る。あれだけの高等技術は早々見られない」


 がむしゃらにやっていた時に見られていた!


「それだけではない。爆弾が起動しても被害が出ないようにしていたという話を聞いた」


 他の人にも見られているし、恥ずかしい!


「井上ひかり。バイトとして、株式会社伊能警備で働いてみないか」


 真っすぐな加茂さんの瞳。黒い。吸い込まれそうだ。


「これが雇用条件だ」


 紙を渡されたので、雇用条件とやらを読む。バイトとして雇われる形となる。時給千三百円。仕事の内容次第で上がる可能性がある。学業優先で問題無いという記載がある。助かるが、これでいいのかという不安がある。


「あのー、学業優先でこの時給はどうなんです?」


 恐る恐る聞いた。加茂さんは当然のように答える。


「当然の対価だ。最近の東京は異能絡みで事件に巻き込まれる時が多くなったからな」


 さらっと履歴書(三枚)を出していた。準備良すぎませんか。加茂さん。


「誘いではあるが、採用試験は受けさせてもらうからな。面接を受けることになる」


 本当に出来るかどうかは上司に任せるつもりのようだ。きちんとしている。


「しかしだ。これは強制ではない。急な誘いでもある。決めるのはお前だ。受けるというのなら、株式会社伊能警備の電話に伝えてくれ」


 これで彼らとの話が終わった。紅茶をおごってもらい、スーパーでお惣菜を買って、アパートに帰って、やっと一息入れる。入学式で怒涛の展開は誰だって予想できない。何も考えず、風呂に入って、就寝するのであった。

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