第2話 落ち着きのある男から怪しいお誘い?
サークルによる新入生歓迎会が終わるころには夕方になっていた。疲れているので、作る余裕なんてものはない。どこか適当に外食をするか、テイクアウトで持ち帰るべきだろう。
「ねえねえ。あの人チョーカッコよくない?」
「彼女待ってるのかな」
こそこそ喋る先輩らしき女性二人の会話。視線を辿って見てみると、大学の正門に両腕を組んで立っている男がいた。黒くて癖のない髪。光が入らない黒い眼。落ち着いた感じの男と言ったところか。黒いシャツとズボンと革靴というドシンプルなものだが、普通に恰好いいと思う。喋っている先輩が想像している通り、この大学の誰かを待っているのだろう。あ。目が合った。何故かこっちに来ている。
「君が井上ひかりか」
そして私のフルネームを知っていた。てか……めっちゃ良い声だ。落ち着きのある、ほっとするような声質。こういうボイスはCDで聞いた。いや。今はそういうものを考えている場合ではない。
「すまない。人違いか」
早く答えないとややこしくなる。
「いえ。私が井上ひかりです」
彼の表情が読めない。動揺しているのかどうかも不明だ。
「詳しい話は店でやる。付いて来い」
果たして私は正体不明の男に付いて来て良いのだろうか。大学内とはいえ、怪しい宗教勧誘だってある(新生活の説明で勧誘受けるなという話もあったのできちんと覚えている)。何かがあってからだと遅い。
「……すまない。少し待ってくれ」
そう警戒していたら、男が電話し始めた。明るい犬属性っぽい声がスマホから漏れている。男は開いている手で耳を抑えようとしているが、しかめ面している辺り、凌ぎきれていない。
「天霧。分かったから少し抑えてくれ。山尾と共に突撃は止めてくれ。なら富脇と? 彼奴は大学入学式が控えているんだ。誘うな。というかお前は事務所で待機だ。暇なら事務員の遠藤と遊べ」
電話しているだけだというのに、犬を抑えている感が満載だ。徐々に男の声に疲弊が出つつあるように感じる。気のせいか。電話を切った男は名刺を出していた。
「話の前にこれを渡そう」
名刺には「株式会社伊能警備」と「加茂喜多朗」と記されている。警備会社の男が何故話しかけてくるのかが不明のままだ。しかし先程の電話で恐らく悪い人ではなく、騙すような感じではないだろう。話を聞いて、判断するという手もある。その前に渡せる名刺がないことが今の問題か。
「返せる名刺ないんですけど」
「気にするな。付いて来い」
静かに彼に付いて行く。数分で目白駅の近くにある飲食店(チェーン店ではなく、個人経営で喫茶店に近い)に到着し、その中に入る。明るすぎないし、暗すぎない。静かな店だ。イギリスにあると言われたら納得する。
「改めて名乗る。俺は株式会社伊能警備の加茂喜多朗と言う。無礼を謝罪しよう」
席に座ったら、男は名乗った。それと同時に謝罪をしてきた。頭を下げるとか、ガチな奴だろ。
「お。やってんじゃん」
後ろから軽薄そうな男の声が聞こえたので振り向く。褐色肌。染めた金髪。黒目。優男のように感じる。生地の薄いコートを脱いで、加茂さんという男の隣に座る。フード付きの白色の上着と紺色のジーパン。
「富脇、何故こっちに来た。明日は入学式だろ」
何となく察していたが、加茂さんの知り合いだった。電話で出ていた富脇本人のようだ。
「だって気になるし。お前が見たっていう人をさ」
どうやら加茂さんは私と面識があるみたいだ。いやちょっと待て。ダウナー系のイケメンなら記憶に残っているはずだ。何故残っていない。色々と話を聞かなくては。
「あのー……どこでお会いしましたか」
思い出さないといけない。質問の答えを元に辿って、どうにか見つけ出そう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます