第32話 鳴間綴の七月十五日①

 玲と通話を終えたあとも、相談者は切れる様子がなかった。


 皐月はさすがに疲れたのだろう、はぁはぁ、と、息を切らしていた。


「好きな男の子と付き合える方法を知らない?」


 本日最後の相談者である女子生徒は、恋の相談をした。本人にとっては大問題でも、綴にとってはそれは平和で平凡で幸せな些細な問題でしかなかった。


「それ、綴のが詳しいかも。相談、乗ってあげたら?」


 そう振ったせいで女子生徒は近づいてきそうにあったが、手を翳してやめさせておいた。


「なんでだよ。彼女が出来たこととかねーよ……」


「まぁ、出来たことはないね。参考まではいかないか」


「皐月の恋愛観を参考にさせてもよくね?」


「うーん……かっこいいなーとか思ったことはあるけど、私の彼氏になるってことは秤守家の養子になるってことじゃん? 礼儀正しくて博識で家柄もそれなりの人じゃないダメなんだよなぁ」


「この街に皐月以上に家柄のいいやつなんていねーじゃん……」


「そう。だから私は恋を知らない。恋愛小説はそれなりに読んだけど、そういうものなのかなーって憧れるだけで共感はできないっていうか……というわけで、解決できないや。ごめん」


 皐月は相談者に手を合わすと、いやいやと手を振りながら去っていった。


「目安箱が目安箱をやれなかった」


「やれなくはないよ? 私が付き合ってみたらって相手の男子に言えば、たぶん従うし。けど、そういう恋愛はよくない」


「きっかけはなんでもよさそうだけどな」


「だから憧れはあるんだって。恋愛は最初から綺麗なほうがいい」


 それは綴の知らなかった一面だった。意外と、理想主義者なところもあったようだった。


「そういや、根岸さんの犬の話題はどうなってる?」


「対して話題になってないね。やっぱ細井くんの入院のが広がってる。難病らしくてもう学校には来れないみたいだし。受験とかどうなるんだろ」


「病院で受験勉強をするとか。退院はセンター試験の時期。なんか、神社仏閣に入ろうとすると吐き気を催して立ち眩みもする難病だとか。どうやら治らないらしい」


「ソースは?」


「自称陰陽師の変わったやつが昨日の夜に帰るまでに教えてくれた」


「そっか。玲ちゃんの料理が恋しくなりそうだね」


「しばらくしたらどうせすぐに会うんだろ……さっきも手伝わされたくらいだしな……」


「まぁね。作り置きは何だったの?」


「全部ブロッコリーのやつ。さすがに全部使いきってた。よければ、皐月ちゃんにもどうぞ。だってさ」


「お礼しとこ」


 皐月はスマホへ指を走らせる、止めてからまたそうした。やり取りをしているようだった。


「あいつ、飯を作ってた記憶がほとんどなんだけど……」


「お母さんが教えてくれたみたいだね。玲ちゃんは人付き合いが上手そうじゃないから、仲良くなる手段として覚えさせたのかも」


「それ、俺も知らなかったな。すげー仲良くなってそう」


「うん。綴の悪口を言い合ってる」


「お、おう……」


「でもいいお母さんだよね。ちゃんと娘のことを考えてるっていうか。玲ちゃんも嫌がってなさそうだったし」


「親に才能を伸ばせてもらえたなら、その通りに生きればいいのに」


 綴のスマホが震えた。皐月からで画像が添付されていた。銀色の毛をした猫がゴミ捨て場のボックスの上でお座りをしていた。現。と、一文字添えられていた。


「銀鼠色って感じの毛並みで可愛いよね」


「動物の可愛さはわからん。というか、現ってなんだよ……」


「飼い始めたんだって。現は名前だとか」


「部首まで揃えるとか、すげー気に入ってそう……」


 おそらくこれは窮鼠猫。祓えば祓うだけ強くなってしまう妖怪。九回祓えばそのときはやべーことが起こるとか。


 俺なら手榴弾感覚で使うな。と、自分が如何に窮鼠猫を飼うのに向いていないかを自覚してしまった。


 玲は、あれこれ拘りすぎているきらいがあった。すぐに意地を張るのはそのせい。命の価値もそれだけ重く受け取っていた。


 窮鼠猫は思ったのだろう。一緒にいるならば、強く非情な人間よりも、弱く優しい人間のがずっといいと。傷をペロペロ舐め合って、そのたびに一緒に虐げられて、死んでは復活しての繰り返し。綴と妖狐がそうであるように、玲と窮鼠猫もウマが合ったのだろう。


 嫌な視線を感じた。案の定、皐月は下世話な笑みを浮かべていた。


「綴って、玲ちゃんのことが好きなの?」


「飯は好き。あとは嫌い」


「すかしたやつと拘りの強い子。まぁ、合わなそうではあるね……」


「うん」


「じゃあ、七星さんのことはまだ好きなの?」


 どうしてそんな質問をするのだろうかと、手にしていたシャーペンでテーブルを叩いてしまっていた。


「言いたくない」


「言ってるようなもんじゃん。これは噂なんだけど、三叉路神社でフード付きのウインドブレーカーを目深に被って朝から練習してる子がいるらしい。七星さんかも」


 妖狐は旅行に行っていた。そして、昨日も用事が済むとすぐに出かけた。勝手に使っても叱られそうではなかった。


「あいつが退院した話は?」


「入院したのは先々週の日曜日で退院したのは先週の日曜日。練習は今週の月曜日から見かけられてる。私の中では時系列は完璧ではあるかな」


「確認したくない」


「したほうがいいよ。今から行ったほうがいい」


「理由による」


「中学時代の綴の中にある後悔が減るから」


 皐月は陰陽師のように、綴の本音を見抜いてきた。一歩間違えれば穢れかねない恋の後悔。その可能性を孕んでいるなら、それもう陰陽師の領分なのだろう。


 そう、言い訳をしておくことにした。


 自分の穢れも祓えないようでは、すぐに玲は追い付いてくる。そんなの、絶対に嫌だった。


「お前、恋の目安箱もやれるじゃん」


「だから言ったでしょ。やろうとすればやれるって」

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