第28話 鳴間綴の七月十四日➁
綴は飲み物を買うからと途中でコンビニに寄った。細井は不安そうなまま、外で待っていた。また飲み物を二本買ってから一本を細井に渡した。
「今日、熱いっすよね。すげー喉が渇きませんか?」
「さっき飲んだからそうでもないかな」
「水分摂取は乾く前のがいいらしいっすよ。まぁ、無理して飲むのはよくないですけど」
「詳しいな」
「短距離やってたときに知りました」
飲み物はレモンティーにしておいた。綴が一気に飲んだ。細井も口も半分ほど飲んだ。
「なんか、奢って貰ってばっかで悪いな……」
「うちの親、このコンビニの株を持てって、優待でクーポンを貰ってんですよ。それ使ったんでタダでした。気にしないでいいですよ」
嘘だった。けれど、細井にそんな知識はないのか、そういうものなのかというふうで、疑っている様子はなかった。
「ふーん。なんか、金持ちっぽいよな」
「小さな貿易会社をやってるんで、少し裕福な暮らしはしてるかもです。あ、うちに親がいない理由、気になったりしてます?」
「……まぁ、噂にはなってたし。結局、曖昧なままだし……言いたくないなら言わないでいいけど……」
「俺と細井くんの仲じゃないですか。歩きながら話しますよ。ゴミ、捨ててくるんで飲めそうなら全部飲んでください。さっきのペットボトルもついでに捨ててきます」
「お、おう……」
少し苦しそうだったが飲み終えた。細井は、先ほどのペットボトルは鞄から出した。途中で飲んだので空だった。
綴は、自分のと細井の合計三本の空のペットボトルを手にしてから店内すぐのゴミ箱に捨てて細井と歩き始めた。
「鳴間……トイレに行きたくなってきた……」
させるつもりなどなかった。生理現象は思考を鈍らせて、頭は一大事だと判断もしてくれる。細井を詰めやすくするには必要な状況だった。
ペットボトル一本分の飲み物と玲と壁一枚挟んだ排泄はそれだけ綴にアドバンテージを生んでくれていた。
「根岸さんが犬を埋めたのはあの神社。不気味だって人が訪れない場所です。そこでこっそりやりましょう」
そしてこの嘘。嘘、嘘、嘘。綴が嘘をつくたび、真実はそれだけ寄ってきてくれていた。
「そうするか……」
「うちに親がいない理由。話させてもらっていいですか?」
排泄に意識が囚われ始めていそうだったが、これは皐月が三年半ほど前に箝口令を敷いて語ることを封じた話題。気になっていても触れれば、怪異のように皐月はその人間に纏わりついてきそうだった。
言えない、殺される。この街で秤守家の人間に逆らうということは自然とそういう意味を持ってしまっていた。
「あぁ。でも、言っていいのか? その……俺がこの街で暮らせなくなりそうで嫌なんだけど……」
どのみち暮らせない。そんなこと、気にする必要がなかった。
「いいですよ。皐月からは許可を貰ってるんで。まぁ、あれですよ。虐待されてて秤守家に助けてもらっただけです。親同士が知り合いだったんで、面倒もついでに見てやるって」
「鳴間の親がよく子供だけで暮らすのを許可したなぁって思ってたけど……そういう事情があったんだな」
「別に隠す必要なんてなかったんですよ。それでも皐月は数奇な目に晒されないようにそうしてくれた。俺が目安箱の目安箱をやっていたのは、その色々のお礼みたいなもんです」
おそらく皐月は、綴だけの為ではなくて毬奈の為にもそうしてくれた。毬奈は社交的だったが、綴ほどの悪意への耐性はない。毬奈が壊れないようそうしてくれたのだろう。
「コキ使われてるぽいけどな」
「そうですね。でも、そんな俺だから怪異じゃない証明がやれるし、やりたくなりました。俺は、細井くんの目安箱でもあるんで」
その台詞に、細井は心底安心したように鳥居を抜けた。バカだなぁ、と軽蔑しながら、綴は少し遅れて後に続いた。
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