第26話 鳴間綴の七月十三日➂
午後十時、綴と玲はだらだらと夜道を歩いていた。玲の手にはスコップの入ったビニール袋が揺れていた。
三叉路神社から秤守酒店を超えてから、少し先にある児童公園へ入った。
出入口以外は植木に囲まれていた。ブランコとベンチと砂場があった。ブランコを通り抜けて、植木の前に立った。草が生えておらず少し土が盛り上がったところがあった。
「皐月に教えてもらった通りだな。埋めたのはゴールデンウィーク。それから、毎日訪れては、ここで根岸さんはお祈りをしていた。外からはブランコで死角になりがちだし誰の目にも入らずに皐月の耳にも届いてなかったぽいけどな」
「儀式ではなくただ祈っていただけ。そんなものでは蘇生など無理なのですが」
「それだって知らなくていいことだよ。可能なら、みんなそうしてる。世界の形は今のままでいい」
「そうですね。知らないことで壊れるほど壊れてはいないなら、それはきっと正しいことですね」
正しいか正しくはないからはなってみなければわからない。けれど、この世では人は死というものにどうしようもならないと決着を着けては忘れたり覚悟することしかできない。
人にとって死とはそういうもの。人の死を利用したことであっても、喪失感から立ち止まっているよりはずっといい。
死は死でそれ以上でもそれ以下でもなく明確な終わり。役割はそれでしかなかったしそれでいいのだろう。
「それでも俺たちは陰陽師だ。方法手段は択ばないし使えるものはなんでも使う。犬、ちゃんと蘇生するんだろうな」
「仕組みは帰り道に話しますよ。スコップで掘ってビニール袋に入れます。スマホで照らしてください」
綴がスマホでそこを照らすと、玲はしゃがんでスコップで掘り始めた。あっという間に穴を作って周りには土が盛り上がった。腕が疲れている様子もなく、掘る速度も速かった。
「なんか、すげー堀り慣れてるな……」
「身体能力が一般人と違いますからね。通常の三倍は言いすぎかもですが、二倍程度のことは色々とやれると考えていてください」
「便利な身体をしてるなぁ。任せてよかったよ」
穴の中にはそっくりそのまま犬の遺骨が埋まっていた。土で汚れていたそれを玲はビニール袋に入れると穴を埋めてから足で踏んでならした。スコップもビニール袋へ入れた。
「一緒に入れていいのか? ぶつかった衝撃でヒビが入ったりしそうだけど」
「あぁ確かに……」
「おい……」
「綴に渡しておきます」
「うん」
玲はスコップを差し出した。綴はスマホを戻してから受け取って後ろのポケットへ入れておいた。児童公園を出て来た道を戻った。
「陰陽師の解釈では、霊とは動画ファイルという認識になっています。あぁ、私の名前ではなく幽霊のほうですよ」
「わかってるよ……生まれたときから死ぬまでの記憶がこの世には彷徨っていて、リピートされ続けている。見えないだけで生物が誕生してからそれはずっと続いてるってことな」
「話半分で済んで助かりますね……儀式の名は『降霊』。故人の個性が拡張子。再生するには対応したプレイヤーが必要。血や性格や名前や骨格など類似性が多ければ多いほど憑かれやすいということです」
「それだけ骨が残ってれば、条件はかなり満たしてるぽいな」
「ですが肉体は失ったまま。犬種はチワワと皐月が教えてくれました。明日、モールでぬいぐるみを買ってから中の綿へこれを詰め込んでおきます」
「いつまで生き返ってるんだ?」
「偽物の肉体。ぬいぐるみによって記憶を再生しても依り代の耐久度が足りません。骨を埋め込んだチワワのぬいぐるみが壊れたときがそのときです」
偽物のチワワは自分がそうであると気付けていない。無邪気に動き回りそうだった。そんな経験などないので予測など付かなかった。一時間くらい持てばいいかと希望を込めてそうしておくことにした。
そのまま三叉路神社の前を通りかかったとき、綴はそのまま中へと入った。玲も首を傾げならが続く。
「ここに用事があるんですか?」
「祓うなら人の少ない場所がいい。境内の前に穴を掘っておいて、根岸さんはここに犬を埋めたことにする。根岸さんの犬は、六限目の終わりくらいに校舎の四階の男子トイレに連れてきてくれ。その身体があればバレずに運べそうだし」
「女子トイレにしてください」
「無理。俺には便利な身体がないから」
「仕方ないですね……それからはどうすればいいですか?」
「この森みたいな場所の木陰から覗いてればいい。妖狐も呼んでおいてくれ」
「環様に連絡しておきますが……急だと文句を言いそうですね……」
「お前、妖狐にも飯を作ってたよな?」
「親子丼。揚げ出し豆腐。シーフードカレーなども用意してみました。まぁ、そこそこ気に入ってくれていたようでしたね」
「じゃあなんか作ってやれ。お前の料理はほぼ怪異。機嫌も良くなるだろ」
「だから要らない才能だと」
「使えるもんはなんでも使えよ。陰陽師ってそういう生き物なんだし」
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