第25話 鳴間綴の七月十三日②
放課後、綴は図書室でいつもの席に座っていた。提出と同時に渡された課題をやっていると、根岸は隣のテーブルで本を手にしていたが、目元は本ではなく綴だった。覗くと、サッ、と、本で顔を隠した。窺っているのがバレバレだった。
「綴、返却された本が見付からないんだけど知らない?」
皐月は受付からそう訊ねた。口裏を合わせた雑談だった。綴は席を立って移動し、皐月の後ろに貼られている張り紙を指差した。私語厳禁と書かれている。
ずっと無視していて機能していなかったが、今日ばかりは役に立ってくれそうだった。
「利用者がいるときの会話は慎め。読書の邪魔になる」
そう小声で注意すると、皐月は少し頭を下げた。
「ごめん」
声が小さかった。根岸は窺っていた。綴と皐月が気にすると、サッ、と、本で顔を隠した。
「まぁ問題ではあるよな……放課後は皐月が使いたいからって、二年と三年に昼休みの当番をやってもらってる。たぶんそのときに元の場所に戻さなかったとかそんなんだろ。明日、先輩に聞いておいてやるよ」
「綴に頼むとすぐに解決するからいつも助かるよ」
「本のタイトルは?」
「『世界の植物百選』。図鑑だよ」
「わかった」
綴は席へ戻ると、すでに根岸は本で顔を隠していた。
「根岸さんはその本を読んだことがあるんですか? 植物って付いてるし」
「……し、私語厳禁」
「……本を読んでないじゃないですか」
「よ、読んでる……!」
顔面に押し付けすぎていた。そのページは顔の油で汚れていそうなほどだった。
「本が汚れます……」
「これ、私物……」
「それはすみません……細井くんから、俺が園芸部の部員として相応しいか見定められてるってのは教えてもらってます。気になることがあるなら、答えますけど……」
「きゅ、急に入部してきて怪しい……」
本は顔に張り付いたままだった。けれど、それは当然の疑問。桐生恋歌の件もあって、綴がその為に入部したのだと勘繰られてしまったのだろう。
「根岸さんは俺がどうして園芸部に関わったと思います?」
「……探ってる。私のことを」
「探ってるって……根岸さんは何かしたんですか?」
「犬を埋めた。動きそうだったから」
別の問題の発生。皐月なら何か知っているかと窺うと首を横に振られてしまった。皐月の情報源は誰かが誰かを覗くことで伝わってくるもの。
人の口には戸が立てられない。これだった。ということは、根岸は誰にも見られずにそうしたということなのだろう。
「どうして埋めたんですか?」
「死んだから。埋葬」
「表現に気を付けてください……生き埋めかもって思ったじゃないですか……」
「……そんな酷いことしない!」
顔に本を押し付けすぎているせいで、その怒声は籠ってしまっていた。
「根岸さんは犬を埋葬しただけ。でも、俺を怪しんでる。ここ、イコールしてくれないです」
「生き返ってほしい。殺されたから」
「犯人はわかってるんですか?」
「わかんない。でも、学校から帰ったら死んでた」
おそらく、この犯人探しはやらないでいい。ただ、どうして生き返らそうとしたのか。重要なのはここのような気がした。
生き返らせる為の埋葬。これは、とても怪異的で儀式と選別するに値するものだった。
「根岸さんは、生き返らせるのをダメなことだとわかってる。でも、生き返って欲しくて、そのダメをなことを俺が止めようとしていると思ってしまった。負い目からのネガティブな邪推ですか?」
「う、うん…。違う?」
「違いますけど、知ってしまったらなんでとは思いますね……大体、俺がそこまで勘がいいって認識してるのもおかしいですし」
「うぅ……それは言えない」
なんでだよ。と、また皐月を伺うと、目すら合わせてくれなかった。絶対に何か知っている。問い詰めようと、受付へと向かって見下ろしながら圧をかけた。綴を見ようともしなかった。
「お前、なんか知ってるよな」
「私語厳禁」
「目安箱。教えろ」
「私にやれない問題は綴の担当。自分でやってよ」
「それ、人前で言うなよ」
「みんな察してる」
課題の前倒しをしておいてよかったな。すぐに浮かんだ台詞はこれだった。頭は回ってくれていた。皐月は、綴を遠ざけるように、読書を始めた。
皐月の出番は綴を頼れるやつだと好印象を与えて、本のタイトルをきっかけに会話の話題を作ることだった。あの秤守皐月と下の名前で呼ぶほど仲がいいというのは、それとなくみんな知っていることだった。けれど、そうだと実際に目にするとその印象は更に強まってくれる。
綴が欲しかったのは、皐月からの星五レビューだった。これは必要なかったことだが、その皐月に強い言葉を使えるおまけまでついた。いらないおまけだったが、皐月の出番はもう終わった。
こっちのケアはあとでやればいいと、席に戻っておいた。
「根岸さん、どうして言えないんですか?」
「こ、殺されるから……」
どれだけ怯えているのだと、その相手を探ろうとしたが、そんなことする必要などなかった。皐月は読書に集中できないのか困り顔になってしまっていた。
「この街でそれだけ怖い印象を与えられるのは秤守家くらいだ……俺のことを口にするなとか頼んでそうだよな……」
どちらからも返事は帰ってこなかったが、その名に根岸は身を震わせた。答え合わせはすぐに済んでしまった。
「お前、目安箱をやれてないのバレてるじゃん」
「やれてるでしょ。綴を動かせてはいるんだから」
「そうだけど……持ちつ持たれつは印象によっては虎の威を借りる狐になる。後者に映ってるかもしれないぞ」
「綴はずっと後者に映ってるよ。私は前者の印象だけどね」
「それは俺もそうだけど……」
根岸さん、居心地が悪そうだな……。と、気にすると、顔を伏せて耳へ両手を当てていた。
「色々と詮索されるのだるかったでしょ。だから、見ないようにしてもらっただけ」
「せめて俺には言っとけよ……」
「気を遣うじゃん」
「遣ってるな。これ、根岸さんがいなかったら、だいぶ重い空気なってるぞ……」
「いい先輩じゃん」
「ホントな。おかげで明日の放課後には終われそうだ。ギャル子先輩は部室が大切で向日葵を種を食いながら安全な場所だと証明に必死。根岸さんは飼い犬の事で頭がいっぱい。細井くんだけは、実家バイトとか手を抜ける環境で心に余裕があった。たぶん、細井くんが原因。あとは、外堀を固めて硫酸を流し込んでやればいい」
綴と皐月が根岸を伺うと、根岸は顔を上げかけていたが、すぐに怯えたように伏せた。
「私の出番は?」
「根岸さんから、時期と埋めた場所を聞き出しておいてくれ。あと、犬種とどこでその手段を知ったのかもいるな。まぁ、これまで一緒にやってきたし、俺が欲しがってるもんはわかるはずだ。概要を任せた」
「自分で聞けばいいのに」
「俺には逆らえるけど、皐月には逆らえない。そうしたら、殺されるらしいからな」
皐月の顔には、性格が悪いと書いてあった。
「まったく……あとでスマホに連絡しとく。綴はこれからどうするの?」
「自分を陰陽師と思い込んでるやつに相談。怪異には怪異をぶつけてしまえばいい」
「怪異に怪異をぶつけるとか、綴も陰陽師みたいじゃん」
「俺も自分のことをそう思い込んでる変わったやつだからな」
「私も参加できないのが残念だ」
「まぁ、水曜日に流れる逸話くらいは語ってやるよ。根岸さんの犬は生き返っているかもしれない」
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