第19話 蘆屋玲の七月十一日①


 物音がした。玲はソファーから起き上がって目を擦りながら上体を起こした。スウェットからブランケットがバサッと床に落ちた。


 暗闇の中、毬奈は忍び足でキッチンへ入ろうとしていた。


「ごめんなさい、起こしちゃった?」


 テーブルに置きっぱなしだったスマホを覗くと午前五時だった。生活リズムの乱れによって起こされたが、玲は泊まらせてもらっている身。文句を言う立場になかった。


「いえ、食事ですか?」


「うん。すぐに部屋に戻るね」


「綴から毬奈さんの食事を任されています。作らないと文句を言われます。作らせてください」


 玲はぽんぽんとソファーを叩いてから立ち上がった。毬奈は申し訳なさそうに向かってきながら、途中で入口のスイッチで部屋を明るくした。


 玲はキッチンへ毬奈はソファーへと場所が入れ替わった。


 冷蔵庫を開けて、三口コンロの奥へ味噌汁の入った小鍋を置いて火にかけた。続いてフライパンを残りのコンロへ一つずつ置いてから、片方へ作り置きしていたチキンライス炒め直した。


 それぞれ弱火にしてから、小さめのボールに卵を二つ割ってから牛乳を少し入れて箸でかき混ぜた。


「卵はラグビーボール型とふわとろのどちらにしますか?」


「ふわとろ!」


「わかりました」


 棚から新しい食器を取り出して、皿へチキンライスを少し平たく盛った。使っていなかったフライパンへバターを落として、先に作っておいた卵液を流してから手早くオムレツを作った。


 チキンライスの上へ乗せて、小さめの包丁で切り目を入れると、ふわとろ卵から湯気が上がった。


 ソースにと、卵を焼いていたフライパンへ少量のバターを落として多めのケチャップとウスターソースを適量入れてから煮詰めた。その間に椀に味噌汁を注いでカウンターへ置いた。


 完成したソースをオムライスにソースをかけて味噌汁の横に並べると、毬奈は寄ってきてテーブルまで運んでいった。玲は火を止めてからスプーンを手にテーブルに戻って床に座った。


 毬奈にスプーンを渡すとオムライスに滑り込ませた。


「いただきます」


「どうぞ」


 ぱくぱくと美味しそうに食べていた。喉を潤すように味噌汁を飲むときも変わらなかった。


「おにいの言ってた通りだ……マジで美味しい……家庭料理の最高級という感じがする……」


「それはよかったです」


「陰陽師には料理を美味しくする方法があるの?」


「ありませんよ。これは自然と身に付いていたものです。繰り返す自炊が私のスキルを上げてくれました」


「天才だね。将来は天才料理人だね」


「いえ、私は陰陽師です。料理になど現を抜かしている暇はありません」


 返事は美味しそうに食事を続けている姿だった。褒められても嬉しくないことでそうされても虚しいだけだった。


「なんかおにいがブロッコリーの油っこいやつがあったとか言ってたんだけど……」


「アヒージョっぽいやつですね。あれはすぐに食べなければ、油っぽくなりすぎてダメなんです。代わりになるかわかりませんが、夜に少し時間があったのでブロッコリーの揚げびたしを作っておきました。食べますか?」


「うん。自分で持ってくる」


 毬奈は空の食器を手にキッチンへ向かった。戻ってくると、手にはタッパーを持っていた。テーブルに置いて蓋を開けると、麺つゆに十二個のブロッコリーが沈んでいた。一つにつま楊枝が刺さっていた。


「ぜ、全部食べるんですか……?」


「おにいだけアヒージョっぽいのを食べたのがむかつく。全部食べる」


 次々とタッパーからブロッコリーは消えて、すぐに麺つゆだけになってしまった。

「……これ、どうやって作ったの? デパ地下っぽい味がするんだけど……」


 食べ終えた感想は、兄と変わらなかった。


「ブロッコリーを素揚げしてから、麺つゆと鷹の爪と鰹節を合わせたダシに浸しただけ。特別なことは何もしていませんよ。あと、デパ地下には余裕で負けていますから」


「そう聞くと簡単そうだけど……これ作り置きによさそうだし今度試そうかな……いや、おにいにやらせよう。冷凍室を圧迫してるのはおにいのせいだし……」


「そのせいで私はブロッコリーの限界に挑戦させられています。まったく、買うにしても限度があるでしょうが……」


 あー……、と、毬奈は冷蔵庫を気にしていた。


「でもなぁ、おにいの主食だったしなぁ。短距離を辞めたからもういらなくなったんだろうけど。あ、そうだ」


 そう毬奈はスマホへ指を走らせてから玲へ向けた。とても太った中学生が一人で校門前で立っていた画像だった。入学式のものだろう。ほぼ球体だった。一瞬、誰かわからなかったが、陰気そうな顔は、それが綴であると教えてくれた。


「よくこの体系で短距離をやろうとしましたね……というか、痩せすぎでしょう……」


 妖狐は綴と出会ったときのことを憐れむように口にしていた。口に出すのは憚られたが、玲もこの姿で走っている人を見かけたら、バカにしてしまうような気がした。


「このときは百キロ弱だったかなぁ。制服、途中で買い替えてた。逆に小さいサイズに」


「でしょうね……今の綴の体型は健康的。筋肉もそれなりにありそうでした。やるべきことはやっていたということですか……」


 スマホは消灯されると、テーブルへ戻された。


「玲ちゃんっておにいといつ知り合ったの?」


「一週間前です」


「めっちゃ最近じゃん……よく家に泊めれるな……あ、ごめん。玲ちゃんを怪しんでるとかじゃなくって、おにいらしくないなって……」


 そう誤魔化そうと手を忙しなく動かしていたが、玲はううんと首を横へ振った。


「その判断は正常かと。私でもそうしますから。あの疑い深い綴がそうした意味を私もよくわかっていないんです……」


 環の指示だとしても、もっと待遇は悪くするはず。なのにそうはしなかった。むしろ料理を褒めてただの友人のように扱う。玲のことなど気に入らないはずなのに。相変わらず、わけのわからないやつだった。


「玲ちゃん、昨日おにいの部屋をノックしたじゃん? あれ、配信に乗ったんだよね……で、おにいに文句を言いにいった。普段のおにいなら気が回るし、そんなことをさせないはずだし」


 あのときはあまりいい気分ではなかった。思い返すと、少し力が強かったかもしれない。


「それはすみませんでした……」


「玲ちゃんは悪くない。私の事情を知らなかったし。それも含めておにいに言ったら、ごめんってすぐに謝られた。あと、ご飯が美味しかったから食わせてもらえ、寝てたら起して用意させろ、そう言った。私は妹。おにいがそうした理由がわかってしまう。おにいは自分が悪者になることで私と玲ちゃんの距離を近付けようとして、実際にこうなってしまってる。こう考えると、とてもらしいんだよなぁ……」


「毬奈さんから綴はどんな印象なんですか?」


「性格が悪い。平気で嘘をつく。敵に回るとロクなことにならない。なんだけど……私はそれに助けてもらった。だから、否定できない。むしろ感謝しちゃってる。この家から親を追い出したときの話、たぶん知らないよね?」


「……はい」


「気になる?」


 子供だけで暮らして成立している家庭。しかもそこいるとなれば、その謎を気になるなというほうが無理だった。


「……勝手に話すと怒られますよ」


「おにいは私にちょー甘いから大丈夫。あと、先に私の秘密を玲ちゃんにバラした。たぶん、おにいは自分から言いづらいから私に語らせようとしたんだよ。お前にも仕返しをさせてやるってこと」


 妹がそう語るならば、そういうことなのだろう。ずっとしてやられている気がして辟易としてしまった。


「……お願いします」


「これから語るのは、私の知ってることと皐月ちゃんから教えてもらったことを混ぜた内容。だから、私の主観が強く入ってる。必ずしも、全てが事実とは思わないでね」


「わかりました」


 なんとなく、玲は姿勢を正してしまった。生半可な気持ちで聞いていいものではないような気がしたからだった。


 どうやって、陰陽師の才能が開花したのか。その一端に触れる内容に触れそうだったからだった。


「おにいはね、物心着いた頃から内気だった。皐月ちゃんがよく手を引いてたよ。うちの両親はそれが気に入らなかった。挨拶をされても恥ずかしくて返せない、幼稚園でも友達がいない、どこに行くにも皐月ちゃん頼み。いやまぁ、それは私もだったんだけどね」


「今の綴は誰とでもそつなく話せそうですよ」


「それはおにいが多くを求めなくなったから。挨拶をして無視されたら、おにいの中ではそいつは死んでいい人間って処理してるだけ。たぶん、人とすら見ていない」


 その印象は、玲の知る鳴間綴という人間だった。これは、そうなるまでの逸話のようなもののようだった。


「小学校に入ってもそれは続いてた。まぁ皐月ちゃんと仲がよかったからイジメられてはなかったんだけど……腫物扱いはされてた。小一の担任は、クラスで浮いていると家庭訪問や三者面談のたびに両親に説明。おにいが虐待じみた行為をされるようになったのはその時期くらい」


「……ただ内気なだけでしょう? 虐待に繋がる理由がわかりません」


「両親は小さな貿易会社をやってるんだ。人と会う機会も多かったからかな社交的だった。けど、跡継ぎにさせたいおにいは内気。思い通りに育っていないせいで当たりが強くなっていってたんだよ」


 期待を込めた躾と言えば耳障りがいいかもしれないが、子供からすればそれは虐待。どちらが悪いかの判断は今の玲では出来なかった。


「……毬奈さんは大丈夫だったんですか?」


「おにいを見てたら勝手に学習してた。私もやばいって。だから、私が社交的なのはその影響なんだよねー。結果的には良かったんだけど……ジレンマ感じるときもあるかな……」


「もう、私は器用そうな綴しか知りません。……両親を追い出すほどに上手くいかなくなるなど考えられないです」


「今のおにいがそうなだけで、昔からそうじゃないって。ただの恥ずかしがり屋だった。今思ってもああいう子はクラスに普通にいた。普通に当然に。ただそれがおにいだったってだけのことなんだよね」


「もし私がそうなら……急に明るくなるのは難しいし、その難しさに勝てないまま虐待を受けるというのは、息が詰まって……どうすることも出来ずに困惑混乱を繰り返して雁字搦めで動けなくなってしまいそうです。……皐月には相談しなかったんですか?」


「相談すると両親同士の仲が悪くなりそうだからするなって言われてた。結局、おにいがしちゃうんだけど……だったらもっと早くでよかった。いや、違う。私は自分まで虐待されなくてよかったってどこかで思ってた。だから、見ないふりをしていたんだよ」


 罪悪感からの独白。先ほどの美味しそうに料理を食べている姿が懐かしくなるほどに悲痛そうだった。


「どのような虐待を受けていたんですか?」


「両親は、おにいに皐月ちゃん以外の友達を家に連れてこいと言った。次の休日にまでに。毎週、休日が近づくたびにおにいは死にそうな顔をしてた。そんなこと、内気な子には難しすぎる。よく頭を平手で叩かれてた。ときには壁まで吹っ飛ぶこともあったかな。たぶん、おにいが誰が何をどう考えているかを観察するようになったのはこの時期くらい。声をかけても来てくれそうな人をずっと探してたんだろうなぁ……」


「無茶苦茶ですね……」


「そう無茶苦茶。でも、叩かれるのは小二になると唐突に終わった。身体が大きくなれば、強く見える。そしたら、相手は怯えて家まで付いてくるとか言い出した。おにいだけ、毎日の食事の量が異常に増えた。ちなみに、途中で吐いたらその吐しゃ物も食べさせられてた。食べなかったら殴られてた。人格が歪むには充分すぎだって」


 毬奈はテーブルを覗いた。


「あのテーブルが、おにいのゲロに塗れてない日は無かった。両親はそのおにいを無視して平然と食事。私もきつかったけど……まぁ、見ないようになっちゃったよね」


 先ほどの入学式の丸っこい綴はその名残のようだった。人格が歪めば歪むほど、その元凶の両親を恨んでしまった。綴がキレそうだと風呂に向かったのも毬奈に語らせたのもわからないではなかった。


 これは、正常な精神状態で語れる内容ではなかった。玲は、聴いているだけでも精神が歪んでしまいそうになっていた。


「それが、綴が両親を遠ざけようとした理由ですか」


「恨んじゃったからね。出来ないことを強要されるのは辛いし。方法も悪すぎた。ほら、小学生って体型いじりとか平気でやるじゃん。大きくても形次第じゃおもちゃにしちゃうし。そこはまぁ、皐月ちゃんが守ってくれてたけど」


「綴が親を追い出そうとした気配はしていたんですか?」


「いや、あんまり話してなかったからわかんない。ただ、部屋から話し声は聞こえてきたことはあったかな。ぶつぶつ一人で何か言ってただけぽいけど。だからこれは私の推測になっちゃうけど、小二からおにいは親をどうやって遠ざけるかを本気でずっと考えてたのかも。その結果、小六の冬休みに完成した方法を試した。追い詰められたクソデブ陰キャが五年間ずっと苦しんでありとあらゆる可能性の肯定と否定を繰り返した正解。やっぱおにいはすごいよ。実際、ちょー薄い勝ち筋を通したわけだし」


「どうしてその時期だったんですか?」


「中学になりそうなのにおにいが変わらなかったのは、私にも責任があるとか言いがかりをつけて殴ってきたから」


 これが、毬奈が綴の性格を否定できない理由のようだった。助けてもらった。その意識はここで芽生えたのだろう。


「方法、教えてもらっていいですか?」


「さっき吐しゃ物を食べなかったら殴られてたって言ったじゃん。あれ、見えにくい場所なんだよね。下着で隠れてる腰元とか、二の腕の裏とか。まぁそういう感じ。私が殴られた次の日、おにいは、学校、警察、図書館、子供一〇〇当番の旗を掲げてる家、そういう子供の逃げ場所になりそうなとこを放課後に回って隠してた殴られた跡を見せた」


「人見知りなのによく頑張りましたね。それで大騒ぎになって終わったということですか」


 いやいや、と、毬奈は半笑いで首を横へ振った。


「話したら気が楽になった。親が嫌われるのは悲しい。もう少し自分で頑張ってみますって家に帰って来た。すぐ、おにいは私に言葉を残した。一日だけ我慢してくれって」


「小六が一日でやれること。想像も付きませんね……」


 毬奈は右手で拳を作ると、右頬を殴った、そして左の二の腕。また右頬……と、何度か繰り返した。


「おにいは一晩、この動きを本気で繰り返した。右手は捻挫。頬は腫れて、口の中も傷だらけ。歯も欠けて、二の腕も捻挫。そしてこれらを、相談したことが親にバレてやられたということにした」


「……そこまでの自傷は簡単にやれることではありませんが……とはいえ、みんながみんな信じるとも限らない。疑う人もいたかと」


「おにいが言うには、前日に訪れたことで翌日までに発生してくれる変化が大事だったとか。そこには悪化した症状による罪悪感が芽生えるんだってさ。あのときに自分たちが動いてれば、この子がこんなに苦しむことはなかったんじゃないかなっていう。その色んな人が自分を責めた小さな気持ちはおにいにとっての隙で、集合すればそれは大きな罪悪感として街に広がってそれだけ隙も大きくなる。その隙が生まれればあとはやりたい放題。被害者ぶってれば、大人たちは勝手に味方をしてくれる。実際、ここに大人たちが訪れたとき、両親は違う違うってあのテーブルで否定してたけど、誰も聞く耳を持ってなかった。だって、もうそういうことになってしまってたから」


「そのときの綴はどうしていたんですか?」


「治療されて包帯が巻かれた身体で泣いてた。児童施設に送られるのは嫌だ、友達とは離れたくないって、大泣きした。皐月ちゃんもいてね、おにいと離れたくないって一緒に大泣きしてくれた。結果、秤守家が監督するという条件で子供だけで暮らすことが許されたんだけど……おにいと皐月ちゃんは口裏を合わせてそうしていただけ。噓泣きだった。おにいが皐月ちゃんに頭上がらないのはそれが理由なんだ」


 綴は妖狐が妖怪だととっくに気付いていたのに付き合っていて、峠兎に触れられても怯えない忍耐力もあった。一般人なら、それこそ綴の嘘泣きのように涙を零しかねない状況だった。


 けれど、綴がそうあれたのは、とっくにそれらとは比べ物にならない穢れと出会っていて、それは親と子の意見の擦れ違いから発生した人と人との間にある感情なんて曖昧なものが原因で、怪異の形をしていないだけで下手な怪異よりもずっと危険で身の竦む人のよっては自殺してしまいような不幸だった。綴はそれをすでにほぼ一人で祓ってしまっていた。


 並大抵の怪異など通用するはずがなかった。妖狐が従ったのはそれが理由で、環が引き入れたのもそれが理由。そして、玲が嫉妬を抱いている原因。偶発的に生まれてしまった天才。


 こんなものとどうやって肩を並べればいいのだろう。あぁ、勝ではなく並ぶと思ってしまった。


 よく妖怪にならずに済んだ。陰陽師だからこそ、綴がそうなったことから目を背けたくなった。


「……それから、ご両親とは?」


「私の事務所を作るときにスマホをスピーカーにして四人で話したくらいかな。おにいが淡々と要件を口しただけだけど。両親は声を震わせながらうんうんと返事してた。家を乗っ取られ、毎月生活費を振り込まされてるATMは一秒でも早く通話を辞めたそうだった。両親は思っちゃたんですよ。おにいを敵に回すと何をされるかわからない。こいつは方法手段を選ばないし平気で事実も歪めてくる。下手に噛み付くとその前に石を詰めて言葉に意味も持たせなくしてくるって」 


「まるで、綴の身体が大きくなるたびに、恨みもそれだけ肥大化したような話ですね」

 あぁ、と、毬奈は口をぽかんとさせた。


「そうかも。そうだね。あの身体にはおにいの恨みが詰まっていた。まるで憑き物みたいで、それを落としたかったんだ。急に短距離を始めた理由はそれもあるのかも」


「やりかたも酷くストイック。綴は、私が知っているよりもずっと苦労人ですね」


「地区予選決勝って結構すごいけどね。あと、前のおにいよりも今の見た目のが好みかな」


「だったら一緒に出掛けてあげればいいのに……」


「外に出ると理不尽に巻き込まれやすい。そのとき、おにいは何をするかわからない。私が外に出ないのは、社会が怖いんじゃなくっておにいに暴走してほしくないからなんだよ」


 その為に自立の手段として配信業を選んだのかもしれない。社会という単語は、一つ年下の中学生なのに玲よりも自立している立派さを感じさせた。


「綴はそれを知っているんですか?」


「どうだろ。見ないふりをしてるのかも。まぁ、私もそうしてたから当然の報いだよね」


 それでもその見なかった妹をきっかけにしたのは、毬奈がどう思おうと、綴にとってはもう家族は妹しかいないからのような気がした。


 それが、綴が毬奈を大切にしている理由。


 この話を毬奈にさせることで、玲に忠告も与えているようだった。


「綴と皐月、それに毬奈さんも同年代よりも大人びた雰囲気があった。如何に自分が甘えた環境でぬくぬくと育っていたかを思い知られました……」


「あー、だから敬語で私にもさんって呼ぶんだ」


「これは癖のようなもので……」


「癖って直すの難しいからなぁ……でも、それなら、さんよりもちゃん呼びに変えるくらいはしてほしいかな」


「では、次からはそう呼びます」


「ありがと。あと、お願いがあるんだけど……豚のしょうが焼きを作ってほしいんだ」


「それくらいなら。毬奈ちゃんの好きなメニューのようなので覚えておきますね」


「ううん、私が好きなのはオムライスだよ。それは、おにいの好きなやつ。マヨネーズ多めにしてあげて。キャベツの千切りも添えられてるともっと喜ぶ」


「かしこまりました。マヨネーズは自家製のものを用意しておきましょう」

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