第17話 鳴間綴の七月十日➁

「放課後、園芸部の部室の寄ってから帰る途中です。友達から、玲っぽいやつと会ったから連れてっていいかって連絡が来ました。そいつは誤魔化すのが難しいやつで、あれこれ説明するのもだるかった。すげー嫌だったけど許可しました……あの、そういうのって先に言っておいてもらっていいですかね……」


 自宅の玄関で、綴はスマホを耳に当てながら環に文句を言っていた。通話越しにウボァと響いた。日常生活では耳にしないしそうにない音だった。


「秤守皐月ちゃんには勝手に情報が寄ってくる才能がある。綴くんと知り合いじゃなくてもいずれは気付いていそう。私が悪いわけじゃない」


「俺にしっかりとした経緯説明と玲へうちの住所を教えていたら、皐月は気付いていても接触まではしませんでした。というか、うちに泊めるとか聞いてないんですけど……妖狐の家でもいいじゃないですか……」


「無断で使ったらあいつが怒るだろ……かといってわざわざ鍵を持ってくるようなやつでもなければ、取りに行くのも面倒じゃん」


 それはそうだったが、家に入れるなど絶対に避けたかった。


「妹とまで会わせたくないです」


「陰陽師だって人間。知り合いと他人のどちらかしか救えないなら、他人を切り捨てがち。保険は増やしておいたほうがいいだろ。頼りない保険だけど」


「……頼りなさすぎるでしょ」


 またウボァという音が響いた。さすがに怪異に関連したものとは気付いていた。耳にするたびに不快で不安感を煽ってくる。聴きたくない音だった。


「あ、あの……さっきからウボァウボァ言ってるのってなんの音なんですか……」


「妖怪の眼球をくり抜いてから祓ったときの断末魔だ」


「わざわざくり抜く必要があるんですか……」


「今回は必要だったってだけ。毎回そうってわけじゃない。まぁ、そのうち綴くんも耳にすることがある。すぐに慣れるよ」


 慣れたくなどなかったが、嫌でも慣れなければならないのだろう。まぁ、それはそのときでいい。と、今は深追いしないでおいた。


「はぁ……で、俺は玲と何をすればいいんですか?」


「玲に説明してある」


「わかりました」


「そういや、大事なことを伝え忘れていた。綴くんの処遇なんだけどさ、私は正式に迎えたかったんだけど……ジジババがさぁ、よそ者がどうとか、妖狐を使って何をしでかすかわからんとか、ぐちぐちうっさかった。だから、納得させるのに私が個人的に雇ったバイトって扱いにしておいた。綴くんのが補欠合格みたいになっちゃってる。尊厳を傷付けてたらごめん」


「そんなのどうでもいいですよ。むしろ、環さん以外から指示は飛んでこないってこっちも安心。俺の知識不足をいいことに騙そうとするやつが減りそうですし」


「話半分で意図を汲んでくれるから楽でいいよ。そういうことだ、もし私が以外がコンタクトを取ってきたら無視していい。場合によっては、妖狐を使って殺してくれ。そいつは、私の敵だし。これ指示だから。正当性を持たせておくから」


 綴の安全性を確保しながら撒き餌にし、謀反者を処分させる。使えるものはなんでも使うし法手段も選ばなければ容赦もしない。環らしいやり方だと感心してしまった。


「わかりました……そのやりかた、参考にさせてもらいます」


「よろしい」


 ピンポーンと、インターフォンが鳴った。皐月が玲を連れてきたようだった。


「来たんで切ります」


「うん。コキ使ってやってくれ」


 スマホをポケットに戻ると、施錠していたドアは勝手に開いた。鳴間家は秤守家に監督されている。これも、合鍵の所持は、その条件の一つだった。


 皐月は鍵をぶらぶらさせていて、玲はその横で綴を睨んでいた。


「ごめん、勝手に開けちゃった」


「それは別にいい。案内してくれて助かったよ……」


「感謝してなさそう」


「自分を陰陽師と思い込んでやつと生活とかしたくなくね」


「それはそう。だから私はすぐに帰る。じゃあね」


 そう玲の背中を押して玄関に入れると、ドアを閉めた。カチッと施錠した音がすると、玲はまだ睨んでいた。


「俺はお前が家に入ることを良しとしていない。正直、その場で生活させたい。ブランケット一枚だけは用意してやるけどな」


「そう指示されたので顔を出しただけ。私だって来たくなかった」


「俺も似たような指示をされてる……なら上げないわけにはいかないだろ……とりあえずキャリーバッグはそこの置いておけ。あとで部屋に布か紙か敷いてやるから、持って入るのはそれからな」


 玲は返事をせずに綴の後ろを眺めていた。近くの階段から、顔を半分だけ出して毬奈が覗いていた。


 一張羅のよれよれのピンクの上下スウェットだった。胸の辺りにはポップな猫の顔がプリントされていたが通年劣化で消えかかっていた。


 小柄な身体を隠すように髪は腰元まで伸びていて、マントのように動くたびにゆらゆらと揺れていた。


「だ、誰……?」


 毬奈は警戒しながら綴へ尋ねた。


「蘆屋玲。同じ高校で一緒に図書委員をやってる。親とケンカをしてうちにしばらく泊まることになった。こいつの親の許可は取ってる。しばらくしたら帰るからそれまでお手伝いさんとして色々やってもらうといい」


「掃除とか洗濯とかご飯ってこと?」


「それもいいけど、こいつは自分のことを陰陽師だと思い込んでいてな、変な儀式とか色々使えるらしい。普通じゃできないことも頼めばやってくれるかも」


 聞き捨てならない発言だったのか、ふざけた提案をするなと一歩詰めて頭半分したから見上げてきた。


「そういうところが、あなたの嫌いなところです! ふざけた理由で使うつもりはありません!」


 毬奈はその姿に引いてしまっていた。


「えぇ……設定きっつ……いやでも、最近のVtuberって設定おざなりで普通の配信者って空気が主流になってるし、原点回帰で忠実にやると一周回って人気が出るかも……」


 これまたふざけた提案だった。綴は、おい、と、毬奈を注意しておいた。


「させるなさせるな……ややこしくなるから……毬奈のことはそれとなく説明しておく。自己紹介しないでいいぞ」


「へーい。じゃあ玲ちゃん、私は忙しいからまた今度ね」


 毬奈は廊下の奥へ進んでから、左へ消えた。風呂場だった。綴は顎で合図してから階段とすれ違ってすぐのリビングに入った。


 ソファーセットとテレビとキッチンのある平凡な雰囲気だった。キッチンのカウンターの近くには椅子が二脚ずつ対になるようにテーブルセットがあった。ずっと使っていないからか、カップラーメンやパンやレトルト食品やお菓子などを置く場所になってしまっていた。


「テーブルの使いかたを間違えていますよ」


「ああいう使いかたがあるとも考えられる」


「さすがに無いですよ」


「そうだな。無いよな」


 綴は無視をするようにソファーに座ると、玲はその近くでじーっと棒立ちしていた。


「あなたたちの主食はあれですか?」


「うん。あと、冷凍食品」


「私もあの類はたまに口にしますが、何事にも限度があります。食べたいもの仰ってください。今夜は私が作ります」


「大した材料が無い」


「その大したことのないものに冷凍食品を組み合わせればいいだけかと」


 いちいち意地を張ってきて鬱陶しかったが、少し手を加えれば美味しくなることもある。不味ければ不味いとはっきりと言ってしまえばいい。


「じゃあオムライス。米と卵はあるし、冷凍室になんか肉も残ってる」


「わかりました。すぐに用意します」


 玲はキッチンに向かって冷蔵庫を覗いたが、すぐ振り返ってカウンター越しに腕組みをしながら仁王立ちした。


「冷凍室の半分がブロッコリーに占められています。あなたは限度を知らない人ですね……これほどの量となると、料理好きでも美味しく食べるのに一苦労するのですが……」


「身体づくりに必要だった。味とかどうでもいい。中一から中三の夏まではそれを茹でたやつだけしか食べてない。いや、ササミとゆで卵とオートミールも少し食ってたか」


「そんな食事を続けられるはずがありません。大きく見せようとして嘘をつかないでください」


「ごめん。イキった。そのブロッコリー、賞味期限がたぶんやばい。ついでになんかにしといてくれると助かる」


 冷蔵庫からガサガサと音がした。玲が賞味期限の確認をしていたからだった。


「来月で切れますね……一品二品追加しておきましょう……」


「助かる、助かる、ちょー助かる。部屋で課題をやってくる。適当に呼びにきてくれ」


 そう無気力に声にしながら、綴はリビングをあとにしようソファーから立ち上がった。あとで、口にしたとき山ほど文句を並べてやることにした。


 これでもかと胸が梳くのが楽しみになってきた。

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