第16話 蘆屋玲の七月十日①

 キャリーバッグを片手に新幹線で東京へ向かう。一週間前と似たような行動予定だったが、今回は陰陽師として訪れていた。恰好も着物ではなく風景に溶け込む洋服。数奇な目は一度も向けられなかった。もうあの視線は辛すぎた。すごく快適だった。


 環がスマホに残した内容を掻い摘むと、綴の自宅は自分の力で特定すること、綴が終わらせるまで滞在すること、質問にはなんでも答えること、場合によっては手伝うこと。この四つだった。どれもこれもやりたくないことだった。


 というか、すでに綴の自宅を特定するというので詰んでいた。陰陽師の仕事には諜報活動も含まれる。これくらいやってのけろということのようだった。


 とりあえず十王子市に到着はしたものの、途方に迷いながら夕方まで徘徊することしかできなかった。


 如何にも老舗の酒蔵という雰囲気の建物があった。秤守酒店だった。前を通りかかると、綴と一緒だった女子高生が反対側から歩いてきた。


「昼間からずっとキャリーバッグを持った子が徘徊してるって噂が私の耳に届いてしまって、私はこうしてエンカしてしまった。その子は、一週間前にも着物姿で訪れていた。綴は遠ざけてくれたっぽいのに、才能で近づいて申し訳ないなぁ……」


 女子高生は店に中へ消えていったが、玲は立ち去ろうとしたが、すぐに戻ってきた。肩にかけていた鞄が消えていた。


「じゃあ、行こうか」


「どこにですか?」


「私はこの街のことなら色々知ってる。指定してくれれば、どこにでも連れてってあげられるかも」


 以前と変わらず親切な人だった。それに、綴の家を知っていそうではあった。けれど、それを伝えると素性を悟られかねない。


 逡巡していると、女子高生はスマホを耳に当てていた。


「着物の子がうちの前で困ってた。どうすればいい? いや、今日は着物じゃない。どこにでもある洋服って感じ。この子は悪くないよ。私の才能のせい。性格的に合わないのはわかるけどさぁ……うん……あ、はい……へいへい、毬奈ちゃんへの言い訳はそれね。オッケ、ちゃんと設定を守らせとくよ……」


 スマホを胸ポケットに戻すと、すごく疲れた顔をしていた。


「綴から家を教えていい許可が下りた。めっちゃ怒ってた」


「す、すみません……私のことはどう説明されましたか……?」


「歩きながら話すよ……」


 気が重そうに先に足を動かした。玲もすぐに追いついた。


「蘆屋玲ちゃん。同じ高校の図書委員。自分のことを陰陽師だと追い込んでしまっている変わった子。家出をしたからしばらく綴の家に泊まることになった。親御さんの許可は取ってるから問題なし」


「だ、誰が変わった子ですか……私は本物ですけど!」


「ごっこ遊びはとっくの昔に卒業しちゃった。悪いけど一人でやってほしい」


 とてつもなく冷たい口調で、顔も引いてしまっていた。巻き込むな。周りから変な目で見られる。勘の悪い玲でもわかってしまうほど顔には書かれていた。


「綴と親しいだけあって、あなたもなかなかに辛辣ですね……」


「秤守皐月だよ。親しみを込めないで下の名前で呼ばせてあげろってさ」


 先回りをしてくるのが、どこまでもらしくて腹が立った。


「上で呼ばせてください。綴に従いたくないので」


「家に泊めるってなかなかハードル高いじゃん。毬奈ちゃんに親和性を植え付けて安心させるには下で呼ぶほうがいい。それだけで警戒心が多少は解ける。というようなことを綴なら言いそう」


 そっくりそのまま綴の声で変換できるほど、正確な文言だった。


「……綴は随分と妹さんを気にかけていそうですよね」


「なんというべきか……これは私がもっとも恐れてることだけど、もし毬奈ちゃんに何かあったら、綴は平気で人を殺して最短で終わらせようとする。そのあとの問題のがしょーもないってね。だから、綴には強く当たっていいけど、毬奈ちゃんには絶対にやめてほしい」


「度の超えたシスターコンプレックスですか……」


「人間、誰しも壊れている部分があるでしょ。綴はそれが妹に顕著に表れてしまった。理由とかは直接本人に教えてもらってよ。話過ぎると、私が酷い目に逢いかねないし……」


 その場合、綴は妖狐を頼りそうだった。妖狐が動くかは不明だが、その場合は玲が死ぬことになる。すると環が登場。妖怪大戦争に発展。先に教えて貰っていてよかったと安堵した。


「肝に命じておきます」


 三叉路神社の正面に到着すると、皐月は左へ向かっていった。以前、一週間前に出会ったときは、右の道から現れた。学校がそちらで、向かう先が綴の自宅ということなのだろう。


「とか、脅すみたいになってるけどさぁ、毬奈ちゃんはコミュニケ―ション能力が高いんだ。こっちが話さなくても話題を振ってくれるから気まずくもなりにくい。多少、棘のある言葉を使うのが、鳴間兄妹という感じだけど、綴と話してるよりはずっと楽しいと思うよ」


「本当にこの街のことなら何でも知っていそうですね……」


「だから私は綴に重宝されてるし、私も綴を重宝してる。利害関係で繋がってるとこがあるけど、それでもこっちが負担してでも手伝いたくなる。それがあるから、私たちは友達をやれているんだろうね」


 玲の綴への印象は、陰陽師の才能に恵まれた嘘つきだった。そう思わされているだけではないのかと心配になってしまう。綴なら、人の良い皐月だって平気で騙しそうだった。


「いつか痛い目を見ないといいのですが……」


 そう案じてみたが、皐月は特に気にしているようではなかった。


「私さ、時間があったら小説を読んでるんだ」


「あぁ、設定の中に綴も図書委員というのがありましたね」


「綴は課題ばっかやってて読まないけどね。けど、その本を読まない綴の説明は、いつも読書を終えたときと同じような気分にしてくれる。私はそれが心地いい。利用されるくらいの報酬は払わないといけないんだよ」


「そこが皐月さんの壊れてるところなのかもしれませんね」


「呼び捨てにして。そっちのが、私が親しみを込められるし」


「はい。次からはそうさせてもらいます」


 近代的な二階建ての家があった。皐月の視線の先からそこが綴の自宅のようだった。両隣のご近所よりも倍ほど横長。右にドアがあって、左は駐車場に続いていそうなシャッターだった。


「ここ。もしよかったら連絡先を交換しておかない?」


「事情によります」


「綴の文句をいっぱい言い合いたいから」


 玲はすぐにスマホを取り出した。秤守皐月は、どこまでも人がよかった。

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