第14話 蘆屋玲の七月九日①
「おばあちゃんさぁ……気に入らないなら、入浴中でも寝込みでもいつでも襲っていいって言ってるじゃん。私なんて、殺せ、殺せ。殺して陰陽頭の座を奪い取れ。え? 無理だって? それはおばあちゃんが弱いからだぜ。綴くんは妖狐を憑けた。それで、私はすごく楽ができる。まぁ、おばあちゃんがそのぶんだけ働いてくれるなら、ずっとうっせー危険だ危険って意見も汲んでやるけどさぁ……そうだよね、若い頃に働いたんだから楽をさせろ、年功序列で偉そうにさせろ。だよね。わかるわかるよ、すごくわかるよ。今の若い者はってやつだよね。けどさぁ、それ、おばあちゃんも言われてるはずなんだよね。でなきゃ、この世の文明も一ミリも進歩してないはずだから。というわけだ、私はクソババアがやってきたように文明開化に勤しませてもらう。お前らロートルを温故知新にしてなぁ!」
学校から帰宅すると、環はスマホ片手に玄関で怒鳴っていた。相手は環の次に偉い上役の誰かのようだった。
「正月に上役の方々と顔を合わせた際、ゴミを見るような目で見られました。おそらく、環様が強く当たっているしわ寄せが私に来ているせいです……」
「ゴミカス共の八つ当たりだろ。みっともないって流せばいい。どうせ、寿命でそう長くないだろうしさ」
「とはいえ、あの方たちの尽力によって今の私たちは生きています。敬うべきところもあるかと」
「だから温故知新って言ったじゃん」
敬うよりも利用という意味のが適切そうだったが、環の価値観では敬うとして処理されているようだった。
そう口にして訂正してみようとしたが、どうせあれやこれやと言葉を並べて封殺してくるのは目に見えていた。
もういい。と、諦めながら玄関に座って靴を脱いだ。立ち上がろうとすると、環は肩に置いた。
「玲に頼みがある」
「環様が私に頼むなど珍しいこともあるものですね」
「その前に先延ばしにしていた説教をしなきゃいけないけどね。ちなみに私は説教が大嫌いだ。こんなものは、やってるやつが気持ち良くなるだけの無駄な時間だからな。けれどそのゴミカスの戯言の中にはほんの少しだけ為になることが混ざってることがあるし、これからは私はちゃんと混ぜてもやる。話半分で耳にしながら上手に抽出しろよ」
説教前に難しい注文をすでにしてきた。いやこれも説教なのかもしれない。
「はぁ……」
「峠兎の件で玲はやったことは妖狐の食事当番。ほとんどは綴くんが終わらせてくれた。というか、そういうつもりだったし、玲にはそこできっちりと諦めさせるつもりだった。それでも補欠合格は得られた。誰のおかげだ?」
「……綴です」
方法手段を問わないという条件を持ち出せば、文句は飛んできても合格は取り消せない。その通りになってしまっていた。綴はここにいないのに、また格付けを済ませてきた。
「認めたらからそこの説教はよしておいてやる。けれど、補欠は補欠。ちょー簡単な仕事しか与えるつもりはない。それをきっちりとこなしたら徐々に難易度も上げてやる。文句は言わないでほしい」
「もちろんです。もう私は姪以前に部下ですから」
「口にするのは簡単だ。じゃあ試してみよー。綴くんの家にしばらく泊まってほしい」
「嫌です」
「まぁそうなるよね」
わかっているならそんな指示などしないでほしかった。相変わらず、性格が終わっていた。
「大体、ご家族への説明が面倒です。突然、私のようなものが訪れると不審がられますし」
「暮らしてるのは一つ年下の妹だけ。両親はいない。いや、いるけど、綴くんが追い出した」
「子に追い出される親などいるはずがないじゃないですか……」
「それがいたんだよ。まぁそれだけのことはやってた。ただ、それを通せるのは並大抵のことじゃない。代償に綴くんは穢れてしまった。妖狐が面倒を見てくれなかったらとっくに怪異になってた。いや、酒屋の娘のおかげもあるか」
妖狐も似たようなことを口にしていた。どうしてあんなやつをみんな庇うのだろうか。でも、補欠合格は綴のおかげで……。などと、肩を持ちそうになったがやめておいた。あれは、油断すると平気で裏切ってくる。
「妖狐もそう言っていました。環様は、綴からどのような怪異が生まれると思いますか?」
「そりゃ取扱説明書の存在しないやべーやつだろ。私が登場するようなやつ」
「もう登場してますけどね……」
「だけど、その理由は綴くんに人間を辞めさせない為。あの子は頑張りすぎた。少しくらい、つえーやつがキャリーしたって誰も文句は言えないんだよ」
「左様で」
つまらなかった。どうせなら、自分にそうしてほしかった。環の指示は、綴の為に玲に嫌なことの我慢を強いているようでもっと従いたくなくなった。
「拗ねてる?」
「拗ねるなというほうが無理ですよ。陰陽頭に贔屓されるなど、私でなくとも嫉妬します」
「だってみんな、綴くんほど頑張ってないんだもん。しかもその子は、私と似た価値観を持っていて、陰陽師の才能まであったんだ。推すなってほうが無理。綴くんは私を誑かした。怪異となる前に祓ってやりたくもなるって」
「妖狐も誑かしているようですけどね……強い者ほど綴を好んでいます。私には理解できません」
「そりゃそうさ。才能のある人間はその分野の才覚に対して嗅覚が働くからね。けど、玲から何も匂わない。だから、その玲からは嫉妬心が湧いてしまう。恨んで恨んで妖怪になりそうだ」
嫉妬心に対してその理由を図星のようについてきた。わざわざ口にしないでもいいのに。
「陰陽師の身体はそうならなぬよう生まれたときから細工されている。冗談はよしてください」
「綴くんが陰陽師になるように仕向けた理由は一つじゃない。必要ならしてやるさ」
「その綴は好き好んでやっていそうではなさそうですけどね」
「やりたくなるまで私が褒めてやればいい。まったく、綴くんの周りの大人はバカばっかだぜ。どうしてあんなにいい子の魅力がわからないんだろ」
欲しい台詞が、すべて綴に流れていた。才能があるから、環に似ていたから、妖狐を憑けたから。どれもこれも玲にはやれないこと。そして、環以外の陰陽師もやれないことだった。
「はいはい……もういいです。綴の家に泊まればいいのでしょう……」
これ以上続けていると、妖怪にはならないにしてもメンタルが持ってくれなそうだった。むかつく。顔を合わしたときに山ほど文句を浴びせることにした。
「よろしい。明日の放課後に到着するようにしておいてくれ。それまでに概要をスマホに残しておくよ」
「わかりました。ただ……その前に許可していただきたいことがあります。思春期の男女が妹がいるとはいえ未成年同士で暮らすというのはよくないことが起こりかねません。その際、綴を殺す許可をください」
「減るもんじゃないしどうでもよくない? やってみるとハマって中毒になるかもしんないし」
「ふ、ふざけないでください……」
「高校生ならそれくらいやってるやつもいるじゃん。まぁ、そのせいで人生設計が狂ってるやつもいたりいなかったりだけど」
話にならなかった。叔母の発言としては大問題もいいところだった。
「……こ、殺すとは言葉が過ぎました。気絶させる許可をください」
「へいへい」
「て、適当な返事ですね……」
「今回、私が祓ってやりたい綴くんの穢れは恋煩い。そんな気分にはなれないと思うぜ。大人ならまだしもね」
あの口の悪いやつが好きになった相手。一体、誰なのだろうか。いや、あいつに限って恋などするはずがなかった。あれは、人を利用できるかできないかでしか判断していない。
「それは綴からもっとも無縁そうなものですよ」
「いや、マジ。相手、気になる?」
「ま、まぁ……そういう話は嫌いではないですから……」
「だったら聞き出してみろ。絶対、玲なんかには教えてくれないけどね」
用事が一つ増えたが、それはむしろ増えてよかったものだった。恥ずかしがる姿を眺めてやるのはきっと胸が梳くに決まっている。
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