第13話 鳴間綴の七月九日➂

 図書室へ戻ってドアをスライドさせると、人とぶつかりそうになった。


 金髪を黒染めしたあとのようなメッシュが残っていて、スカートも膝上。気怠い雰囲気のくせにどこか陽気そう。端的に表現すると、ギャルだった。


「おっと、ごめん」


 ギャルは心配そうに綴の全身を舐めた。


「こっちこそすみません」


「怪我しないでよかったよ。環境に優しくないし」


「……どういう意味ですか?」


「あーし、環境に優しいギャルだから」


「そ、そうすか……」


 これはこれで環と違う難易度を擁していると辟易としていると、皐月が手招いていた。手に余る問題。環の言っていたチュートリアル。


 あの人のことだしタイミングを見計らって現れてそう。確認もしていないのにそんなことを思ってしまった。


 ギャルがすれ違っていったので、図書室に入ってドアを閉めた。受付に腰掛けると、皐月は目で廊下のほうを追っていた。難しい問題。そう言っているようだった。


「ギャル子先輩。優しいよね」


「環境にもな……」


「で、何を怒られてきたの?」


「期末の結果。あと、提出した課題の正解率についても。この調子じゃ留年するするって脅された」


 そう嘘をついた。皐月は、あぁ……、と、憐れんでしまっていた。


「手伝わすの気が引けてきた」


「もう少しで下校時間。ここで終わらせてやる。どうせ大した問題でもなさそうだし」


「じゃあ終わらせてもらお。一年に桐生恋歌って子がいてさ、今月の頭から変な噂が付き纏ってた」


 すでに環から教えられていた名前だった。


「恋を歌うとか詩的な名前だな」


 悟られないよう、適当なことを口にしておいた。


「親は華道教室をやってる。芸術家らしいセンスじゃない?」


「芸術のことはわかんねーから、そうってことにしとく」


 皐月がスマホを取り出すとすぐに綴のスマホが震えた。確認すると三枚の画像を受信していた。


 誰かの鎖骨部分の肌が映っていた。肉付きから女子生徒のもののようだった。


 一枚目は、三角形のくぼみの中心には虫に刺されたような赤い点。


 二枚目は、その箇所に膿んだような親指の先ほどの腫れた膨らみ。


 三枚目は、中身が皮膚を突き破って少しだけ姿を現していた。緑色のタケノコのような形をしていた。


 途中経過がごっそり抜けているが、四枚目があの環から見せられた画像なのだろう。


「これ、桐生さんの仲間内で回ってた。ギャル子先輩もその一人。さっきもらったとこ。噂話に信憑性が増してしまったってことだね」


「発芽したのか?」


「うん。身体から花が咲いたとか。その時期くらいから学校を休んでる」


 綴が陰陽師にならなければ、これも知らずに終わっていたことなのだろう。というか、これほど頻発しているとは思ってもみなかった。


 人手が足りてなさそう。妖狐のこれは嘘ではないようだった。


「病院の場所は?」


「知らない。ただ、ギャル子先輩は顧問から面会謝絶だって伝えられてる。ソースはたぶん親からの連絡だね」


 陰陽師の息のかかった病院。おそらく、七星も同じ場所にいるのだろう。


「顧問ってことは、同じ部活っぽいよな」


「うん。園芸部。華道家の娘とギャルとモヤシと球根の四人組。私の印象じゃ、それぞれの個性が強すぎて空気が悪そう。失敗した多様性。実際、部室を構えているだけで機能はしてないみたいだしね」


 怨恨を生みそうな穢れやすい環境。環はこの件が妖怪変化の類なのかは教えてくれなかった。それでも、穢れていそうな場所なら探ってはおきたかった。関係性の把握は必須条件のような気がした。


「それぞれの相関図が欲しい」


「そこまでは。まぁ、ギャル子先輩は、モヤシが向日葵の種を食わせたせいとか言ってたけどね」


 ギャル子の依頼を鵜呑みにするならば、モヤシか球根の二択。これ以上は会いたくない専門家に頼るしかなさそうだった。


「これ、俺に手にも余る問題なんだけど……」


「そうだよねぇ。そもそも、この画像が作りものだったら調べる意味も無いわけだし」


「けど、それを否定する手段を持っていない。だから曖昧になる。どうしても怪異に関連付けたくなるよな」


「綴の意見は?」


「わからん。わからんけど……この画像って誰が撮影したんだ?」


「ギャル子先輩いわく本人。小さい頃から植物を育ててて、経過観察に撮影する癖が付いてたみたい」


 桐生恋歌のスマホを覗きたい。変態の文言だったが、すればほとんどのことは終ってくれそうだった。だけど、これはチュートリアル。綴が使い物になるかという試験も兼ねていそうだった。きっと見せてはくれないのだろう。


「モヤシが持ち込んだ種による発芽の証明なぁ……どんな依頼だよ……」


「やれそうならやってほしい」


「うーん……怪異である証明は無理だし、そこから対処とかもっと無理。けど、怪異じゃない証明ならやれるかも。要は不安を取り除ければいいってことだろうし。園芸部に体験入部でもしてみるか……」


「私の為にそこまでしてくれるなんて、綴はいいやつだ」


「すぐ終わりそうだしな。司書教諭もほとんど顔を出さないしサボっててもバレないだろ」


 そういうことにしておけば丸く収まってくれた。怪異とはそういうもの。曖昧なままでよかった。そうでないと知るのは、陰陽師とこの学校に潜んでいる怪異だけでいい。

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