第8話 鳴間綴の七月三日➁ー七月五日①

 金曜日の夕方。自宅に帰宅すると、四足獣の前足が視界の縁に入った。白い毛で覆われていた。白兎という噂よりもずっと太く長く、白虎かと勘違いしそうだった。


 けれど、妖狐は見ないふりをしろと言った。確認するとは許されなかった。妹の毬奈は自室にいて、他の部屋には誰もいなかった。


 この状況が関係しているのかと、試しに出かけてみることにした。


 三叉路神社の前で皐月と着物姿の日本人形のような少女と出会った。


 皐月には毬奈がオムライスに卵が必要だからと嘘をついた。着物の少女はすぐに背を向けた。わけがありそうだった。


 別れて皐月と談笑し、日本人形について色々と教えてもらった。怪異とは曖昧なもの。解決するには、その曖昧に意味を与えられないといけない。


 皐月の情報から、日本人形はそういうことには不向きそうな印象を持ってしまった。これは無理そうだと、見れないなりに白兎の生態調査を開始することにした。


 どうやら白兎は姿を見られたいようで、触れたり視界に入って来ようとしていた。けれど、対象以外からは自分の姿を見られたくないのか、外出して人の多い場所にいるとその回数がずっと減った。


 じゃあアイマスクをして外で眠ればいいだけだった。けれど、この街には秤守皐月がいて、そいつは人づてに綴の行動を知ってしまえる。


 公園のベンチでそうしている姿でも見かけられれば、その行動が白兎に絡まれている合図と受け取られかねなかった。


 妹も暮らしている自宅に居たくはなかったが、人づてに皐月に知られて毬奈に様子を窺われるのも厄介。


 見なければ存在しないことになる。妖狐のその言葉を信じて、自宅のベッドでアイマスクをしたままの生活をすることにした。


 金曜の夜、コンビニでアイマスクと大量のペットボトルの飲み物を購入してから帰宅した。妹には風邪だから入ってくるなと伝えておいた。


 飲み物を自室に散乱させておいた。自宅にあったものもすべて集めると三十五本になった。


 アイマスクをしてからベッドで座ったり横になったりしていると、散乱させたペットボトルが位置をそれとなく教えてくれた。


 ぐしゃっとした音は恐怖心を煽ったが、唐突に現れて触れられるよりはずっとマシだった。時折、飲み物を手探りで探りながら、喉を潤した。そのまま土曜、日曜の夕方と過ごした。


 何もせず、ただ目隠しをして、飲み物が踏まれたりぶつかったり転がったりする音を耳にしながら怯える生活。気が狂いそうだった。


 見てはいけないというのは、際限なくストレスを与えてきた。けれどそれは白兎もなのか、根負けしない綴へイラついていたようで、日曜日の朝からはずっと身体の左側から抱き付くように張り付いてしまっていた。


 アイマスクを外されて覗かれたら終わりだった。終わらされないよう、瞼はずっと閉じたままにしておいた。


 限界だった。綴は、右手で白兎の顔を殴ってしまった。キュウキュウと兎が鳴いたような声がしたが、慈悲は無かった。恐怖心よりも殺意のが勝ってしまっていたからだった。


 気付けば、白兎を探してしまっていた。もう殴り殺してしまおう。離れてしまった白兎はどこだどこだとペットボトルの音を自分で鳴らしながら部屋の中を手探りで徘徊しているとドアから大きな衝撃音がした。


「おにい、うっせーから」


 毬奈の声だった。ガチャと、ドアが開くと、うわぁ……、と、引いたような声がした。


「こ、これなに……?」


「害獣駆除の儀式。今、俺の周りになんかいるか?」


「害獣の駆除をやってたんでしょ……ちゃんといなくなってるよ」


「そっか、ちょっと出かけてくる……玄関まで案内してほしい」


「アイマスク取って自分で行けばいいじゃん」


「一生のお願いをここで使うから」


「使いかた間違ってるんだよなぁ……」


 毛のある獣のそれではなく、人の肌の感触で細い指で力も弱々しかった。それが、とても安心させてくれた。


 見るなというのはもう無理だった。このままでは次現れたときに殴って逃げたとき発狂して出てこい出てこいと怒鳴ってしまいそうだった。


 さっさと終わらせたかった。このままでは、妹にもっと迷惑をかけてしまう。

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