第5話 蘆屋玲の七月三日➁

 新幹線へ乗車したのは午後を過ぎた頃だった。学校への仮病の連絡も新幹線の発券も乗車もそもそも一人で長距離移動するのも何かも初めてだった。


 そう冷静になれたのは、名古屋を過ぎた頃だった。同時に襲ってくる、どうして私はすぐに意地になってしまうのだろうと。


 勢い任せの行き当たりばったりは今には始まったことではなかった。


 最初は行動力があっていいと褒めてくれた。けれど、失敗が続くとそのたびに人は離れてついには誰も期待しなくなった。


 現在の玲はまさにその期待されていない状態だった。勝手に人の才能を決めてくれるなと反抗心が湧く半面、そろそろそういう時期なのかとも思わなくなかった。


 高校に通っている陰陽師は昨今では当然になっていたが、優秀な者は進学せずに仕事をしていた。玲は後者でありたくて、今の状況に不満しか持っていなかった。


 そもそも、独断専行で怪異と関わってもよい許可も得れていない。玲の行動は命令違反、処罰の対象だった。


 というか、陰陽師の家に生まれただけで陰陽師はまだ認められてもいない。子供の危険な暴走。叔母は、きっとこう判断して叱るのだろう。


 そうでもしてしまったのは、売り言葉に買い言葉もあったが、無意識にこの状況をどうしても変えたかったのが強かったかもしれない。


 失敗すれば、今以上に立場が悪くなる。


 けれど、もし結果を残せれば風向きは変わるかもしれない。失敗は許されない。頭に血が上った行動は、結果的に玲に人生を懸けさせてしまっていた。


「イライラしても始まりません。美味しいものでも頂くとしましょう」


 そう気持ちを切り替えるように呟いてから、前席の背もたれのテーブルに置いてあった幕の内弁当へ手を合わせた。


 唐揚げ、焼き鮭、玉子焼き、煮物、漬物、ポテトサラダ。米は梅干しが中央に埋まっていて黒ゴマが振られていた。デザートに大学芋まで入っている。


 それでは一口。と、玉子焼きを咀嚼した。ダシが香っていい塩梅だったが、少し塩味が強い気がした。駅弁は劣化を抑えるのに味付けをきつめにしていると耳にしたことがあった。


 これも駅弁らしさ。良さを楽しむことにした。


 食事を続けていると、通路から側から視線を感じた。反対の席のサラリーマンが覗いていた。睨み返すとそっぽを向いたが、他の席の人たちも様子を窺っていて、続いてそれらにも同じことをした。


「どうして着物なんか着てるんだろ。動きにくいのに」


「おい、やめろって」


 玲の背後からの男女の会話だった。とても不快な内容だった。


 着物は日本古来からの衣装で冠婚葬祭でも差し支えない恰好。別に洋服が悪いというわけじゃない。ただ、何の不備も無いのだから、絶対数で負けているというだけで浮いていると珍しがられるのが納得いかなかった。


 ふざけるな。こちらからすれば、主流に流されて似た格好をしているお前らのほうがズレているのだ。私の一張羅を貶してくれるな。


 そう心の中で反論してしまった。車内の全ての人間は敵。そう認識してしまったからか、急激に居心地が悪くなってしまった。


 もういい、寝よう。すれば、無かったことになってくれる。そう目を閉じると、肩を叩かれた。目を開くと、清掃員らしい女性が近くに立っていた。他の座席には誰もいなかった。


 どういうことだと混乱していると、清掃員越しの窓の先にあるホームはここが東京駅だと教えてくれた。


「……失礼、すぐに降ります」


 食べ終えていた弁当箱は消えていた。立ち上がると清掃員は他の席へ消えていった。


 荷物置き場に預けていたキャリーバッグを降ろしてから、ガラガラと引きずってホームに降り立った。


 京都駅と大して変わらない風景だった。そういえば、富士山を見忘れていた。そう寝起きの頭は観光気分にさせてきたがすぐに我に返った。近くのサラリーマンが玲の恰好を物珍しそうに覗いていたからだった。


 玲は、睨みながら近くのエレベーターへ乗り込んだ。中にいた人はまた玲へ数奇な目を向ける。私は何も悪くないのに……。


 どこまでも現代人は着物という衣服に対して違和感を隠そうとはしてくれなかった。

 

 残念ながら。それは、玲にとって優しくない世界ということになってしまっていた。

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