千川②
「綿貫さんて、いつもあんなことしてるんですか?」
綿貫の一つ年下で、店員としても後輩の、亀井という女のコが、勤務後に話しかけてきた。
「え?」
「偶然見ちゃったんですけど、店長にポイントカードをつくったらどうかって提案してましたよね? すごい仕事熱心なんですねー。私、バイトでそこまでする人を見たの、初めてです」
亀井は、これまで苦労なく楽しい人生を送ってきたか、でなければ嫌味を言われても気づかないといった、能天気で天然っぽいキャラクターだ。綿貫の意図や気持ちを推し量るなどほんのわずかもしていないと思われる満面の笑みでそう言った。
「いや、だって、あの店長、客に見せるわけじゃないとはいえ、いつもブスッとした顔をしてて、絶対に商売向きの人じゃないぜ。ここの店そこまで繁盛してないのに、すごく給料くれるしさ。どうも本人なりの理想や美意識みたいなのでそうしてるみたいだけど、実はけっこうな赤字で、もしかしたら明日にでも店を畳まざるを得なくなったとか言ってくるかもしれないぞ。だから店の儲けを良くして、そんなことにならないよう、従業員みんなのためを思って言ったんだ。お前、明るくて、今までの人生相当楽しかった感じだけど、ちょっとはそういう世の中に潜むリスクなんかも考えるようになったほうがいいぜ。一寸先は闇って言葉もあるだろ」
よく見ると美人かかなり微妙なのに、仕草や振る舞いなどでとても可愛いと思わせるアイドルがいるが、亀井はまさにそういうタイプで、間違いなく男性にモテる。綿貫も男心をくすぐるそんな年下の愛らしい女性に褒められた照れと、反面、お気楽そうでちょっぴりイラつく彼女を焦らせてやりたい欲求がわいたこともあって、少し突き放した口調でそう返した。
「え。……そっか、そうですね。店長、何を考えてるのかよくわからない人ですし、あり得ない話じゃないですよね。どうしよう……」
ありゃりゃ、極端な奴だ。まるで店がつぶれるのが決定したようになってしまった、と綿貫は少々慌てた。
「いやいや、そんな可能性もゼロじゃないってだけの話だよ。亀井、純粋でだまされたりしそうだから、そういう危険があることも頭の片隅に置く習慣を身につけたほうがいいんじゃないかと思って言ったんだ。今のところそんなに心配する必要はないから、気に病むなよ」
「そうだったんですか。綿貫さん、やっぱり親切で善い人ですね。一緒に働くことができて、私、光栄ですっ」
「え、ああ……」
また褒められちゃったよ。この店の面々は、性格は悪くないけれど変わり者が多くて、調子狂うなあ。
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