菊池⑥

「ほらね。話した通りちゃんと理解して、判断してくれただろ、聖也くん。政党旗揚げに一歩前進したなー」

 花岡家から離れていく道すがら、菊池は両手を上げて伸びをしながら、実に嬉しそうに用瀬にそう口にした。

「でも、これから現実にどう進めていくつもりか知らないですけど、そんなうまい具合には運ばないんじゃないですか? 例えば、どうするんですか? ずっとあの聖也くん以外入ってくれる人がいなかったら」

「そしたら、やっぱりきみに選挙に出てもらうしかないか。我が党のエースとして、メンバーや支持者獲得のためにね。ちなみに、弱小政党でも当選できるような、何かインパクトのある公約の案とかないかい?」

 菊池は冗談混じりな態度で尋ねた。

「……そうっすねえ。こういうのはどうですか?」

「え? あるんだ?」

「政党のメンバー勧誘にずっと付き合わされる日々でしたからね。なんとなく考えちゃいましたよ」

「へー。どんなのだい? 聞かせてよ」

「わかりました」

 用瀬は軽くせき払いをして語り始めた。

「世界中にはいまだに、それも冷戦期から一貫して資本主義陣営だった国々でも、社会党やそれに近い組織が多分至るところに存在していると思うんですけど、おそらくその多くが志しているのは、過去のソ連みたいなかたちではなく、社会民主主義なんでしょう。それは簡単に説明すると、自由競争をやったうえで、所得の多い人からできる限りたくさん税金を取って、貧しい人に与え、経済的な格差をわずかにしようっていうものですよね? で、思うんですが、じゃあすぐにやればいいのにってことなんです。ソ連のような全体主義じゃなく多様性を認めるんだから、別に政権を奪取して国民全員を従わせるようにしなくても、望む人たちだけできるよう政府に持ちかけたりすりゃあいい。つまり、個人ごとに、社会民主主義システムへの参加を希望する人は、所得が多いときはより一層の税金を課される一方、その人たちの教育や福祉や、何か困った場合の費用負担は少なくなるようにし、国家による世話や介入を嫌う人や、たくさん稼ぐ自信があって、リスクは大でも自分の責任で思う通りにやりたい人は、徴収される税金は少ないぶん、いざというときも己の貯えや民間の保険なんかで対応してもらうんです。そして儲けがないときだけ社会民主主義の側に加わって助けてもらおうといった良いとこ取りはできないように、どちらか選んだら五年や十年くらいは変更できなくする。それっていうのは、生活が苦しい人たちのための施策を講じろと政治家に言い続けているリベラルな立場の著名人なんかに、その弱者への思いやりが口先だけじゃなく本物だってところを、社会民主主義サイドに加入して税金をいっぱい払うことで証明してもらいたいという気持ちもあるんです。ってな感じですけど」

 は?

 用瀬は自分に向けられていた菊池の目が見開いた状態になっていることに気がついた。

「面白いじゃん、すごく!」

 宝を発見した子どものように瞳を輝かせてそう言った菊池に、評価されて嬉しい以上に用瀬は引いた。

「あ、いや、だけど本当にやるとなったらいろいろ問題が出てきて、無理なんじゃないですかねえ」

「そんなことはない。やれるよ、やろうじゃないか! 今話したまんまじゃなくても、少しでも理想に近づけるようにさ」

「そうかなあ? 駄目なんじゃないですかねえ。いざ実行しようとしたら、反対の人やうまくできるわけないって人たちから、すげえ叩かれそう。それに、今の時点からこんな弱気な発言をしてるんですもん。やっぱり俺、政党に加わって活動するなんて向いてないかもしれません」

 すると、菊池は冷静な顔つきになった。

「そうかい。じゃあ、残念だけどここでお別れだな。自分一人の力でなんとかするか、別の誰かに頼るか、ともかく頑張って生きていってくれ」

「え? そ、そんな、急に? ひどくないっすか?」

 何だよ、おい。それがあんたの本性か?

「毎食、散々食事をおごってあげたよね? 俺だって今仕事してないんだし、そこまでふところに余裕はないんだってば。悪いね」

 そして菊池は立ち去っていく素振りを見せた。

「待って……わかりました! 政党に入るか、もう一回検討しますから!」

「ほんとに? よっしゃ。だったら決まるまで、メンバー探しを続行しようか」

 満面の笑みになって言った菊池は、仲間とハグする感じで用瀬の肩に腕を回して、馴れ馴れしくポンポンと叩いた。

「……はあ」

 どうしよう。俺は人生を軌道修正する方向へ進められているのか、はたまた、もっと道を踏み外しているのか……。

 用瀬の頭の中は揺れたが、とりあえず菊池についていく日々が延長されたのであった。

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