菊池⑤

「どうぞ」

 今回は妻のほうが玄関に来て二人を出迎えた。

「すみません、たびたび」

 菊池が低姿勢で言うと、彼女はおおらかな態度で返した。

「気になさらないで。菊池さんには以前本当にお世話になりましたしね」

 彼女は朗らかで、それが息子をはじめとする家族に良い影響を与えてきたという雰囲気を醸しだしている。

 前回と同じ居間に通されると、夫もやってきた。

「今日も何かご用があって、いらっしゃったんですか?」

 彼は前と比べると若干冷たい印象である。

「えっと、いえ、政党の件に協力してくださる気持ちになったと、メールをいただいたのですが……」

 様子がおかしいと気づいた菊池が恐る恐る問うた。

「は? そんなメールは送っていませんけども」

 夫は純粋に知らなそうだ。

「私も」

 妻も続けて答えた。

「ええ?」

 菊池は用瀬に「そんなはずはないよな?」といった同意を求める視線を向けたが、用瀬も夫婦と同じ「どういうことかわからない」という顔で首を傾げた。

「もしかして……」

 菊池はつぶやき、前回と一緒で部屋の隅のほうであぐらをかいて座っている聖也に注目した。

「はーい。それを送ったのは僕でーす」

 聖也は高々と右手を上げて言った。

「え?」

 驚いた聖也の両親が揃って声を漏らした。

「そうかもしれないと、メールを受け取ったとき少し思ったんです。政党に『入れます』ではなく『入ります』と記されていましたので」

「聖也、何を言ってるんだ。遊びじゃないんだぞ」

 父親である夫が話しかけた。

「わかってるよ。僕、菊池さんの役に立ちたいんだ。前にいっぱい助けてもらったからさ」

「菊池さんを助けるんじゃなくて、お前が頑張らなきゃいけないって話なんだ」

「お父さん。失礼ですが、大丈夫、聖也くんはちゃんと理解してくれてますよ」

 菊池がしゃべった。

「すみません、お父さんもわかってらっしゃるでしょうに、偉そうに口を挟んで。それから、くり返しになりますけども、議員への立候補を要請しているわけではなく、障害者などの弱い立場の方たちのために、最も重要な当事者の意見をもっと政治に組み込んでいけるよう、でき得る範囲で協力してくださればいいんです。ご両親のお気持ちもわかりますが、聖也くんはいろいろなことにチャレンジするのが好きですし、ただ穏やかに生活するだけで満足かというと、ちょっと違うのではとも思うのです。だからこそ僕は、聖也くんが望むのならば、選挙に立候補したって構わないと申し上げたんです」

 夫婦二人はまたもや顔を見合わせた。

「聖也、本当にやりたいの? 菊池さんにお世話になったのはわかるけど、恩返しがしたいんだったら、別の方法だってあるのよ?」

 妻が問いかけた。

「僕、やりたい!」

 その場に少しの間沈黙が訪れた。

「わかりました。ただし、無理のない範囲でというのを守っていただけるのであれば、ですが」

 夫がふっ切れたような表情で菊池に言った。

「はい。ありがとうございます」

 菊池は笑顔でおじぎをしたのだった。

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