菊池④
花岡家を後にした用瀬と菊池が通りを歩いている。
「聖也って、あそこにいた若い男の人ですよね?」
用瀬が声をかけた。
「うん」
「あの人、知的障害者でしょう?」
「そうだよ」
「彼を議員にというのは、さすがに無理があるんじゃないですか? あの、両親ですよね? 人たちが言ってたのが、妥当だと思いますよ」
「いや、俺が頼んだのは、そんな無茶な話じゃないよ。きみはどのくらい認識があるか知らないけれど、知的に障害がある人は、一般に思われているであろうよりも、ずっと物事を理解しているんだ。もちろん障害の程度や個人差はあるにしても、大抵のことは健常者とそう変わりなく把握できていると言っていい。俺は彼らが働く作業所でサポートをする仕事をしていたから、よくわかってるんだ。そこであの聖也くんと知り合ったんだよ」
「へー。そういや『お久しぶり』って言われてましたよね。今はその仕事はやってないわけですか?」
「ああ」
用瀬はそれを耳にして、菊池に対する疑念がまた少しわき上がった。
「そういえば、菊池さんの素性についてほとんど聞いてなかったけど、今の職業は何なんですか?」
「今は何もやってない。休職中だよ。っていっても、これまでずっと、いろんな仕事をやって、たまに休んでっていう、くり返しだけど」
「フリーターってことですか?」
「うん、まあ、その肩書は好きじゃないし、そうあろうと決めてやってきたんじゃないけどね」
「じゃあ、何ですか? 自分探しってやつですか?」
「その言葉はもっと嫌いだ。人のことをそう呼ぶ奴って、だいたいその後、愚かだの何だのって悪口を言いだすだろう? でもさ、一時よく今の若者は留学を全然しないって批判がされたけれど、語学を学ぶだけなら国内でネイティブの人に習ったりできるんで、なぜ留学したほうがいいのかっていうと、外国で異文化に触れたりするさまざまな経験がその人の人生のプラスになり、社会に還元もされるってことだろう。いろんな仕事を経験するのだって同じことが言えるはずなのに、そっちに関してはフラフラしているからけしからんって、おかしな言い分だと思うよ。別に一つの仕事を腰を据えてやることもできたけど、例えば年金や介護保険は今後もちゃんとやっていけるのかといった問題が世の中にはたくさんあるから、自分がどうにかできないものかって、いろんな仕事に身を投じながら、ずっと考えてきたんだ」
「で、その結果たどりついたのが、政党をつくることだったってわけですか?」
「まあ、それはゴールどころかスタートでもないかもしれないけど、とりあえず現時点でやるベストなことじゃないかと思ったんだよ」
「そうですか。で、これからどうするんですか?」
「決まってんじゃん。探すんだよ、その政党のメンバーになってくれる人たちを。まだ始めたばっかりなんだから」
「え? ちなみに今現在、メンバーは何人決まってるんですか?」
「きみだけだよ」
「……」
俺はメンバーになるとは一言も言ってないと思った用瀬だったが、敢えて口にはしなかった。
そして二人は、見た感じ普通の人もいたけれども、社会の下層やマイノリティーに属するであろう、主に菊池の知り合いを訪ねては、用瀬や聖也へしたように勧誘を試みたが、全員に断られた。
菊池自体は好感を持たれていたり、顔見知りでない相手には良い印象を与えるものの、やはり政党なんてという反応がほとんどを占めた。
「うーん。うまくいかないもんだなあ」
菊池は意外だといったふうにつぶやいた。
いやいや、十分予想がつくことだろう。この人、実はとんでもなくバカなんじゃないか? 人生経験を積むためにいろんな仕事をしてきたはずなのに、俺もそんな偉そうには言えないけど、現実ってもんをまったく学習してないんじゃないのか?
用瀬は呆れ気味に思った。
「あれ?」
その間に携帯に目をやっていた菊池が声を出した。
「どうしたんですか?」
「見てよ。花岡さんからメールが来てる。『政党に入ります』って」
「え? 本当っすか?」
「やった。もう一度考えてみてくれて、気が変わったんだな。よし、さっそくまたあの家に向かおう」
マジか? 何かの間違いじゃないのか?
用瀬は半信半疑だが、菊池はそうした疑うなどという発想はこれっぽっちも持ち合わせていない様子の浮かれた表情だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます